6/27/2026

雨に濡れても─百貨店と、予報の精度

 私の記憶では、
昔の天気予報は今ほど当たらなかったように思う。

もちろん、当時にも降水確率はあり、
予報技術も少しずつ進歩していたのだろう。
ただ、少なくとも私の暮らしの中では、
雨は今より少しだけ気まぐれで、
どこか運任せの出来事だった。

空模様を見て出かけ、途中で降られたら軒先に入る。
そんな時間の使い方が、
当たり前のように街の中にあった気がする。

雨の日、百貨店では、
「雨に濡れても」のインストゥルメンタルが
流れていたような記憶がある。

バート・バカラックが紡いだ、
軽やかで、少し肩の力が抜けるような旋律。

館内にその音色が流れると、私はふと窓の外を気にした。

本当に雨の日だけ流れていたのか、
それとも別の日の記憶まで重なっているのか。
それはもう確かめようがない。

けれど私の中では、その曲は館内の照明や、
ガラス越しに見える湿った街の景色と結びついている。

だから音楽が、天気を教えてくれていた。

それは気象情報ではなく、
街の空気がそっと知らせてくれる天気予報だった。

買い物の手を止める人がいて、少し急ぎ足になる人がいる。
誰かが傘を広げ、その様子を見てこちらも空を気にする。

そんな何気ない時間が、店にいた見知らぬ誰かと
静かに共有されていたような気がする。

今はポケットの中の端末が、
雨雲の接近を正確に知らせてくれる。
数十分先の雨まで分かり、傘を忘れることも減った。
予定も立てやすくなった。

便利になったことは間違いない。

その一方で、空を見上げたり、
街の匂いや人の動きから
雨の気配を感じ取ったりする機会は、
少しだけ減ったのかもしれない。

百貨店もまた、昔とは違う形で
天気と向き合っているのだろう。

営業を続けるか休むか。そこには、
雨雲レーダーだけでは測れないものがあるのかもしれない。

天気予報が正確になったからといって、
迷いまでなくなったわけではないのだろう。

街では若い人たちがスマートフォンを見ながら歩いている。

私も同じように雨雲レーダーを確認し、
降り出す前に傘を開くことが増えた。

便利さを受け入れながら、それでも、
ときどき空を見上げる癖だけは残しておきたいと思う。

そんなことを考えていると、雨上がりのアスファルトから、
ふとマスカットのような甘い香りが立ちのぼることがある。

土とも違う。花とも違う。

私には昔から、雨上がりの空気が
そんな果実の香りに感じられる。

その香りに触れた瞬間、昔の雨の日の記憶が、
不意によみがえる。

昔の雨が本当に今と違っていたのか、
それとも歳月が私の記憶を少しだけ優しく塗り替えたのか。
その答えは、もうどこにもない。

ただ、あの頃は予報が少し外れることも含めて、
雨というものを今より大らかに受け止めていたような
気がする。

効率や正確さを手に入れた今だからこそ、
ときには予報ではなく、街の空気や音楽が教えてくれる
雨の気配にも耳を澄ませてみたくなる。

かつて百貨店で耳にした、あの穏やかな旋律とともに。

今でも、「雨に濡れても」を耳にすると、
私は百貨店の照明を思い出す。
あの曲が本当に雨の日だけ流れていたのかは、
もう分からない。

それでも私の記憶の中では、
雨の百貨店にはいつも、あの穏やかな旋律が流れている。

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6/24/2026

赤い車と冬の海

   2001年。まだインターネットの出会いというものに、
少しばかりの冒険の匂いが残っていた頃である。

掲示板で知り合った彼女とは、
何度かメールを交わしたあと、
沼津駅北口で会うことになった。

待ち合わせの時間より先に彼女は来ていた。
真っ赤な車だった。
その頃の私には少し眩しすぎる色だった。

自嘲気味に、ドラマの「冬彦さん」をもじって
「マザコン冬彦」などと名乗っていた私の目には、
ずいぶん都会的に映ったのを覚えている。

彼女は私の顔を見た瞬間、
ほんのわずかに表情を曇らせた。
理由は今もわからない。

後になって知ったのは、
彼女はビジュアル系が好きだった。

そう考えると、沼津駅北口で
置き去りにされなかっただけでも
運が良かったのかもしれない。

こちらだって緊張で
まともな顔をしていなかっただろうから。

それでも彼女は帰らなかった。
私は助手席に乗り込み、
車は静岡へ向かった。

途中、お巡りさんに止められた。

窓を開けた彼女が、
どこか面倒くさそうに、
それでいて妙に愛想よく、
少し投げやりに、

「OLでーす」

と答えた。

違反のやり取りが終わると、
彼女は少し不機嫌そうに、

「ムカつくなー。運転変わってよ」

と言った。

私は彼女の赤い車の運転席に座った。

ハンドルを握りながら、
赤なんて自分には似合わないなと思った。

その時、何を話したのかは覚えていない。
ただ、
「OLでーす」と答えた声だけが、
二十年以上経った今でも耳に残っている。

その後、私たちは時々会った。
年賀状を書き、
メールを送り、
たまに顔を合わせた。
そんな付き合いだった。

そしてよくCDを交換した。
彼女が貸してくれる音楽は、
当時の私なら自分から手に取らないものが多かった。

GLAYもそのひとつだった。
車で流しながら聴き、
返す頃には何曲か口ずさめるようになっていた。
そんな時間がしばらく続いた。

クリスマスが近づいた頃、
八景島シーパラダイスへ行こうという話になった。

女性とクリスマスを過ごすなど、
私には経験がなかった。
大層戸惑った。

今度は私の車だった。
彼女はGLAYのベストアルバムを聴こうといい、
そして出発した。
カーナビは付いていない車である。

デートの成否より、
ちゃんと辿り着けるかの方が気になっていた。

それでも何とか八景島には着いた。
どこの駐車場だったかは忘れた。

ただ、
少し離れた場所に停めたことだけは覚えている。

女性と遊園地に行った経験すらない男が、
いきなりクリスマスの八景島である。

しかし現実はそんなに甘くない。

最初のジェットコースターで、
私は完全に参ってしまった。

せっかく買ったフリーパスもほとんど使えず、
ベンチで海を眺めていた。

私はうなだれ、
彼女は隣で黙って携帯電話を弄っていた。

しばらくして彼女が言った。

「ケチケチすんな」

何のことだったのか、
もう覚えていない。
たぶんそういう言葉だった。

帰り道には案の定、道を間違えた。
八王子方面へ向かうつもりが、
気づけば再び金沢文庫方面の案内標識を見ていた。
要するにUターンである。

彼女は、

「ダメねぇ」

と呆れたように笑った。

私もつられて笑ってしまった。

人は痛いところを突かれると、
腹を立てるより先に笑ってしまうことがあるらしい。

彼女とはやがて疎遠になった。
理由はいくらでも挙げられる。
当時の私は友達でいることができなかったということだ。

もう少し肩の力を抜いて、
もう少し気長に付き合えていたらどうだっただろう。

そんなことを思わないでもない。

けれど不思議なことに、
顔より先に思い出すものがある。

沼津駅北口の風景。
真っ赤な車。
「OLでーす」と答えた声。
八景島のベンチ。
「ケチケチすんな」と笑われた午後。
そして車内に流れていたGLAYの「とまどい」。

曲が流れるたび、
あの頃の自分の不器用さまで一緒に蘇ってくる。
八景島で見た冬の海も、
まだどこかに残っている気がする。

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6/23/2026

くちづけのその後と、一時間半後の電話

 2000年。
街にはモーニング娘。があふれていた。
店先の有線から流れ、
テレビをつければ誰かしらが映っている。

「LOVEマシーン」ほどの知名度はないかもしれないが、
「くちづけのその後」を聴くと、
私は今でも当時の空気を思い出す。

もっとも、その曲から連想するのは恋愛ではない。
なぜか、一本の電話である。

当時、同じ職場に新卒の事務員さんが入ってきた。
十九歳。
しかも当時の安倍なつみによく似ていた。
もちろん本人にそんなことは言っていない。
ただ、こちらの脳内では勝手になっち認定されていた。

ある日、その彼女から、
「先輩、パソコン教えてください」
と言われた。

今では想像しにくいかもしれないが、
当時はパソコンが少し使えるだけでも
重宝された時代だった。

気がつけば、教える場所は
職場ではなく私の部屋になっていた。

私は隣に座ってもらい、
フォルダの作り方やファイルの保存方法を説明し始めた。
それなりに真面目に教えていたつもりである。
ただ、途中から妙に時間が気になっていた。

彼女には彼氏がいた。
しかも私の家の近所に住んでいた。
顔見知りですらなかったが、
どこの家の人かだけは知っていた。

そんな事情もあってか、こちらは
ただパソコンを教えているだけなのに、
何となく預かっているような気分になっていたのである。

ひと通り説明が終わり、
こちらもようやく肩の力を抜きかけた頃だった。

携帯電話が鳴った。
彼氏からだった。
教え始めてから、およそ一時間半後。

もちろん偶然だったのかもしれない。
あるいは、
「一時間半くらいしたら電話するね」
そんな約束があったのかもしれない。
今となっては確かめようもない。

ただ、不思議なことに、年月が経つほどその
「一時間半」という数字だけが
記憶の中で輪郭を保ち続けている。

二十六年も経った今では、その彼女の声も思い出せない。
どんな服を着ていたのかも曖昧である。

それなのに、
「パソコンを教えていたら、
一時間半後に近所の彼氏から電話がかかってきた」
ということだけは、なぜか残っている。

「くちづけのその後」を聴くたびに
浮かぶのも恋愛ではない。

パソコンの画面。
机。椅子。
そして机の端に置かれた携帯電話。

そういえば、同じ頃によく耳にしていた
「ウソつきあんた」も、
恋人同士の駆け引きを歌った曲だった。

けれど私の記憶の中では、そうした歌の内容よりも、
一時間半後に鳴った一本の電話の方が
ずっと鮮明なのである。

曲の記憶というのは不思議なものだ。

歌詞そのものより、そのときたまたま見ていた景色や、
後になって意味を持ってしまった
些細な出来事の方が長く残る。

「くちづけのその後」を聴くたびによみがえるのは、
恋の余韻ではない。
二十六年前の机の上で鳴った、あの一本の電話なのである。

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