しぞーかのオマチは、用事だけ
通院のついでに、街へ出た。
もちろん、買ったばかりのFUJIFILM X-E5をぶら下げて。
オマチは、もう用事があるときしか
来ない場所になっている。
相変わらず、帯状疱疹の治療のついでだ。
それでも新しいカメラを持てば、
何かひとつくらいは引っかかるだろうと思っていたが、
結果は変わらなかった。
撮るところがない。
──このカメラを選んだのは、チルト液晶だった。
店頭で触れて、そのまま決めてしまった。
ほとんど衝動買いに近い。値段も、軽くはなかった。
α6700に20ミリを付ければ、同じようなことはできる。
だが、あちらのバリアングルは、どうにも落ち着かない。
ローアングルに構えるだけで、余計な手間が増える。
動画も撮らないし、自分を写すこともない。
結局、こういうかたちに戻っている。
新静岡セノバの前を抜け、駿府城公園へ向かう。
観光客は多い。外国人も多い。
だが、それらはすでに風景として均されていて、
どこにも引っかからない。
店も減った。
いや、減ったというより、残っているものから癖が抜けた。
X-E5のフィルムシミュレーションは
クラシッククロームのまま、
しばらく歩いたが、シャッターは切れない。
撮れないのではない。撮る理由がない。結局、プラタナスだけ撮った。
あれには毎回、逢いに行っているようなものだ。
その前で、ベルビアに切り替える。
街では何も起きなかったが、そこだけわずかに色が戻った。
公園では、外国人が記念撮影をしていた。
手にしているのはカメラではなく、スマートフォン。
徳川家康像を撮り終え、
立ち去ろうとしていた日本人の女性に声をかけ、
撮影を頼んでいる。
女性は応じ、縦位置と横位置で二枚、
律儀にシャッターを切った。外国人は、陽気なポーズを取っている。
少し離れたところから見ていると、
その動きに迷いがない。
女性は、縦では脇を締め、きちんと構えているのに、
横にすると途端に気が抜ける。
その落差が、妙に印象に残った。観光客に紛れるようにして、
少し離れた位置からシャッターを切る。
こういうとき、X-E5の外観は都合がいい。
ファインダーを覗いているだけで、それらしく見える。
見慣れた徳川家康像も、その日は少し違って見えた。
像そのものではなく、その周囲にある関係を撮る。誰もいない、再建されたばかりのやすらぎの塔。
整備はされているが、誰にも見られていない。
あれが、今の街の象徴かもしれない。数枚だけ撮って、帰った。
無理に粘ることもなく、
両耳をイヤフォンで塞ぎ、ラジオを聴きながら、
話しかけられない顔をつくる。
こういう終わり方でいい。
夜遊びをやめて一年になる。
あのまま続けていたら、
このカメラは手元になかっただろう。
もっと早く気づけば、とも思うが、
あれはあれで、必要な遠回りだった気もする。
X-E5は、良い。
撮れなかった日でも、持ち出して、数枚だけ残せる。
それだけで十分だと思える。
オマチには、もう用事だけで来ることにする。
ラベル: お散歩写真機





