模倣の果てに、静寂は訪れる──Galaxyで、林檎の夢を見る
夜のコンビニ帰り、
ポケットの中でGalaxy SC-03Eが静かに震えた。
その端末に、iOS7風のアプリを入れてみた。
画面は白くなり、
アイコンは丸く整い、
通知は引っかかりなく流れる。
見た目だけなら、確かにそれらしい。
だが、それは
林檎の香りを再現した合成香料のようなものだった。
自由なAndroidの土壌に、
別の美学を移植する。
反抗でも、憧れでもない。
理由をつけるほどのことでもなく、
ただの気まぐれに近い。
iPhoneは、
あまりにも完成されすぎていた。
整いすぎた空間は、
誰かの設計した夢の中を歩いているようで、
偶然も、余白も、ほとんど残っていない。
一方でAndroidは、未舗装の路地だ。
設定画面の奥に潜む意味不明な選択肢、
噛み合わないアプリ同士、
ときおり起こる、理由のわからないクラッシュ。
それらは欠陥というより、
不格好な都市の地形として、
手のひらの中で息づいている。
擬似iOS化は、
その雑多さを一時的に覆う仮面にすぎない。
だが、その仮面を被せたことで、
逆にAndroidの輪郭が、はっきりと浮かび上がった。
模倣の先にあったのは完成ではなく、
自分が何を好み、
何に違和感を覚えるのかという、
静かな確認だった。
ラベル: 日記

<< ホーム