近場で始まった、2026年
年末から正月にかけて、少しゴタゴタがあった。
そのせいで、初詣にも行けずじまいだった。
一昨年の年末から去年の正月にかけては、
ずいぶん広い範囲を「お散歩カメラ」
していた記憶がある。
思いつくまま歩いて、撮って、戻る。
あの頃に比べると、最近の行動範囲は、
ずいぶん狭くなった。
今では、買い物のついでに、
車のリアシートに積みっぱなしのカメラを、
ふと思い出したように持ち出すだけだ。
年末年始のスーパーは、
どこもかしこもファミリーで埋まっている。
ファミリーオードブル、ファミリーサラダ。
整然と並ぶそれらは、
一人ではどう考えても食べきれない量ばかりだ。
お気に入りだったサラダ寿司は姿を消し、
迎春用の寿司が、
「毎年ここにいます」と言わんばかりの顔で、
棚を占領している。
「もう一品、欲しいぃにゃー」
心の中でそんな独り言をつぶやきながら、
これは買い物なのか、
それとも年末年始の何かの儀式なのか、
自分でもよく分からない時間を過ごす。
カップ麺のまとめ買いを済ませ、屋上駐車場へ戻る。
見上げると、富士山は今日も異常なし。
この日はポイント五倍だった。松島やああ松島や、と言いたいところだが、
もう一品のお惣菜が手に入らなかった腹いせに、
「ファミリーやああファミリーや」と、
心の中で富士山に向かってつぶやき、
シャッターを切った。
レンズを左に振ると、遠くに伊勢丹が見える。
静岡のオマチは、ここからそれほど遠くない。
それなのに、ゴタゴタ続きのせいか、
やけに果てしなく感じられた。写真の世界でも、
伊勢丹をもう少しこちらに引き寄せるには、
もっと長い望遠レンズが必要だな、と、ぼんやり思う。
気がつけば、スーパーへの買い物が、
ほぼ唯一の「お出かけ」になっていた。
そんなある日、いつもの道で、
少し心が動く光景に出会った。
赤いホンダ・フィットに正月飾りをつけた、
高齢の男性が、何食わぬ顔で走っていたのだ。
高齢者マークも、簡素な飾りも、
特別に気にする様子はない。
ただ、淡々と、新年を迎えている。
その姿に、最近すっかり見かけなくなった、
素朴さや懐かしさのようなものを感じ、
「今年は、いいことがあるかもしれない」
と、不意に思った。
少し高揚した気分のまま、
お気に入りの屋上駐車場に車を止める。売り場のざわめきも、年末年始の空気も、
ここまで来ると、少しだけ遠のく。
マイペースに見えるカラスが一羽、
こちらを気にする様子もなく、止まっていた。
この日は、サラダ寿司と、
今年はじめての対面を果たした。
夜の自由時間。
特に年末年始は、あまり面白いテレビもない。
久しぶりにネットサーフィンをしてみるが、
最近のネットは、リンクを踏んで
少し遠くへ行こうとした途端、
広告の窓が次々と割り込んできて、
あっという間にワイプアウトしてしまう。
特にスマートフォンでは顕著で、
こちらが勝手に遠出することを、
どうやら許してくれないらしい。
どこかへ行こうとするたびに、
腕をつかまれ、「ここにいなさい」
と言われているような気分になる。
常時接続の時代になって久しいが、
五秒動画や、強制的に始まる音声を見せつけられては、
腰を落ち着けて旅に出る気力も、削がれてしまう。
気がつけば、巡回しているのは限られたSNSと、
いつものポイントサイトばかりだ。
かつて、リンクを辿って知らない
個人のページに迷い込んでいった、
あの感覚は、ほとんど残っていない。
どこか、パソコン通信の時代に逆戻りしたようでもある。
外の世界は、確かに広いはずなのに、
入口だけが、妙に狭くなってしまった。
そんな環境に少し飽きて、
昔、買ったまま読まずにいた文庫本を、ようやく開いた。
画面を閉じ、デジタルから少し身を引いてみると、
思っていたよりも、静かな時間が残っていた。
遠くへ行けないのなら、近場で楽しめばいい。
そんなふうにして始まった、2026年である。
ラベル: お散歩写真機




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