文明の心許なさについて
ある日の午後、腹の奥でささやかな反乱が起きた。
抗う間もなく、公園の片隅で用を足す。
不測の事態というのは、
こういう穏やかな時に限って忍び寄る。
──ペーパーが、ない。
その瞬間、人は己の無力さを痛感する。
幸い、バッグの底からギャッツビーを発掘。
ギャッツビーでケッツビー──。
ひとときの清涼感と引き換えに、
一抹の恐怖が背筋を走った。
あのスースー感は、夏の風物詩としては最高だが、
尻にとっては試練である。
文明とは、案外あやふやなものだ。
パチンコ屋のトイレを好むのは、きっと私だけではない。
だが、あそこもまた勝負の行方に比例して荒廃していく。
便器に残る痕跡は、街の疲れを映す鏡のようだ。
負けた男の靴跡が乾かぬうちに、
床は人生の湿気を帯びはじめる。
くだらないと思ったなら、どうかトイレで流してほしい。
ただ一つ、真面目な忠告をしておく。
ギャッツビーは流してはいけない。
詰まります。詰まります。
そして詰まるということは──
やがて水飛沫が飛ぶということである。
飛びます、飛びます……
(誰かの声が聞こえた気がした)。
ラベル: 長い文章
<< ホーム