9/11/2025

文明の心許なさについて

   ある日の午後、腹の奥でささやかな反乱が起きた。
抗う間もなく、公園の片隅で用を足す。

不測の事態というのは、
こういう穏やかな時に限って忍び寄る。
──ペーパーが、ない。

その瞬間、人は己の無力さを痛感する。
幸い、バッグの底からギャッツビーを発掘。

ギャッツビーでケッツビー──。

ひとときの清涼感と引き換えに、
一抹の恐怖が背筋を走った。

あのスースー感は、夏の風物詩としては最高だが、
尻にとっては試練である。

文明とは、案外あやふやなものだ。
パチンコ屋のトイレを好むのは、きっと私だけではない。

だが、あそこもまた勝負の行方に比例して荒廃していく。
便器に残る痕跡は、街の疲れを映す鏡のようだ。

負けた男の靴跡が乾かぬうちに、
床は人生の湿気を帯びはじめる。

くだらないと思ったなら、どうかトイレで流してほしい。

ただ一つ、真面目な忠告をしておく。
ギャッツビーは流してはいけない。

詰まります。詰まります。

そして詰まるということは──
やがて水飛沫が飛ぶということである。

飛びます、飛びます……
(誰かの声が聞こえた気がした)。

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