サイゼリヤとへそ ──夜の街に立ち尽くす断章──
夜になっても、街はまだ熱を抱えている。
アスファルトは昼の匂いを残したまま、
足元にまとわりつく。
しばらく外に出ていなかった。
歩いているだけで、腹が減った。
サイゼリヤに入る。
ひとりでいるには、ちょうどいい明るさと距離感がある。
誰にも注目されず、誰の輪郭もはっきりしない。
グラスワインを何杯も重ねるより、
デカンタ小を時間差で二度。
量は同じでも、テーブルの上は静かでいられる。
防御とは、だいたいこういう形をしている。
酒を飲むのは、酔うためじゃない。
雑踏のなかで、自分の輪郭を
少しだけ薄くするためだ。この日の会計は、
トマトソースパスタ、
ハンバーグステーキ、
ほうれん草のソテー、
デカンタ小が二本。
税込1,400円。
店を出ると、夜気はわずかに軽い。
それでも足元の熱は、まだ動かない。
帰り道、立ち飲み屋「へそ」の前を通る。
突然、BGMが流れ出す。「へそ、へそ〜♪ 立ち飲み処へそ〜♪」
涼しげで、陽気で、やけに大きな音。
その瞬間、ここには入れないと分かる。
いきなり鳴り出す音楽の中へ、
ひとりでふらりと踏み込む勇気は、もうない。
立ち飲みという行為も、
いつの間にか演出をまとってしまったらしい。
かつては、
ホップ、ステップ、ジャンプ、
そんな順番があった気がする。
今は、ステップの残響だけが残っている。
跳ぶ場所も、
着地する先も、
見当たらない。
街は涼しげな顔をして、
じわじわと熱を帯びている。
それでも、
信号は規則正しく変わる。
ラベル: 食通風気取り



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