9/24/2025

men’s yukai系の憂鬱


   涼しい風に誘われ、
今季も men’s yukai 系の装いを選んだ。
長袖のタイトなカットソー。
秋の入口で、そっと粋をまといたいという
気持ちがあった。

だが、街角のガラスに映った胸もとには、
わずかな陰影が生まれていた。
こちらの思惑とは別に、季節の光は
細部ばかり正直である。

2025 年の秋。
残暑の名残を引きずりながらも、
装いの輪郭だけは整えたい。
そう思って、
理想のタンクトップ・インナーを探している。
身体の線を静かに整え、余計な気配を消してくれる裏方。
けれど、そういうものほど、簡単には見つからない。

そもそも men’s yukai 系とは何か。
ホスト雑誌の粋を、日常へ薄く移し替えるような試みだ。
都市の鏡に映る自分を、
すこしだけ演じる存在にしつらえる小さな習慣。
しかし演目は、いつも細部に揺らぐ。
胸もとのわずかな違和感も、
その揺らぎのひとつにすぎない。

インナーは表に出ない。
けれど裏方が整っていなければ、
舞台の明かりは落ち着かない。

粋を守ろうとする、ごくささやかな攻防。
そのひとつひとつが、men’s yukai 系の憂鬱なのだろう。
静けさと、ほんの少しの照れ。
そのあいだで、秋はゆっくり深まっていく。

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9/11/2025

文明の心許なさについて

   ある日の午後、腹の奥でささやかな反乱が起きた。
抗う間もなく、公園の片隅で用を足す。

不測の事態というのは、
こういう穏やかな時に限って忍び寄る。
──ペーパーが、ない。

その瞬間、人は己の無力さを痛感する。
幸い、バッグの底からギャッツビーを発掘。

ギャッツビーでケッツビー──。

ひとときの清涼感と引き換えに、
一抹の恐怖が背筋を走った。

あのスースー感は、夏の風物詩としては最高だが、
尻にとっては試練である。

文明とは、案外あやふやなものだ。
パチンコ屋のトイレを好むのは、きっと私だけではない。

だが、あそこもまた勝負の行方に比例して荒廃していく。
便器に残る痕跡は、街の疲れを映す鏡のようだ。

負けた男の靴跡が乾かぬうちに、
床は人生の湿気を帯びはじめる。

くだらないと思ったなら、どうかトイレで流してほしい。

ただ一つ、真面目な忠告をしておく。
ギャッツビーは流してはいけない。

詰まります。詰まります。

そして詰まるということは──
やがて水飛沫が飛ぶということである。

飛びます、飛びます……
(誰かの声が聞こえた気がした)。

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9/08/2025

しっかりしなさい──銀座から柴又へ


   帰省シーズンになると、テレビは決まって
空港や駅の雑踏を映し出す。
 
小学生の一人旅もそこに混じり、
迷いなく飛行機や新幹線を乗り継いでいく。
GPSに導かれながら、怯える様子もない。
 
昔なら保護者同伴が当たり前だった。
画面を眺めながら、私は首をひねる。
 
私はいまだに飛行機に乗ったことがない。
たぶん、これからもないだろう。
坂上二郎の真似で「飛びます飛びます」と言って
済ませる気がしている。
そもそも帰るべき「故郷」もない。
羨ましいというより、少し置いていかれた気がした。

それでも昔、東京──とりわけ
『男はつらいよ』の舞台になった葛飾・柴又に
行ってみたいと思ったことがあった。
男の哀愁や不器用さ。
そんなものに惹かれたのかもしれない。
いや、たぶん違う。

るるぶを買って路線図を眺めた。
新幹線と山手線まではわかったが、
柴又への行き方がどうしても掴めなかった。
 
緑や赤、黄色の線が絡まり合って、
まるで草むらの迷路のようだった。

スマホも乗換案内もない時代。
誰かに頼るしかない。

寅さん好きの先輩に相談すると、
「ちょうど銀座で長渕剛の絵画展がある。
そのついでに案内してやる」と言った。

私は長渕にも、他の有名人にも興味がなかった。
誰かのファンになったこともない。
柴又へ行きたかった理由も、
たぶん沈黙を避けるためだった。

旅は夜行列車で始まった。
朝八時の上京を想定していた私は面食らった。

東京駅に着いたのは夜明け前。
ホームは昼間のように人がいた。
画廊の開館まで時間があり、
駅の外を歩いた。

記憶はほとんど抜け落ちているが、
ひとつだけ、妙に鮮やかだ。

コンビニの前に、スーツ姿の中年が立っていた。
全身ずぶ濡れで、髪も服も滴っている。

初冬の冷気の中、川から引き上げられた
ばかりのようだった。

理由は知らない。ぼったくりにでも遭ったのだろうか。
誰も声をかけない。私も、その一人だった。

そのとき、胸の奥で声がした。
「しっかりしなさい」と。

東京という街の冷たさを、
そのとき初めて知った。

やがて朝八時。
銀座の画廊にはすでに長い列ができていた。
開館まで二時間。

周囲も先輩も「ツヨシがさぁ」
「ツヨシがよぉ」と語り合う。
曇り空の下、熱気が白い湯気のように立ちのぼる。

そのツヨシ、ツヨシ、ツヨシだらけの
世界に圧倒されながら、
私は心の中でつぶやいた。

「君たち、しっかりしなさい」と。

当時放送されていた
『ツヨシしっかりしなさい』を思い出してのことだが、
特別な意味はない。語呂がよかっただけだ。

もちろん、口には出さない。
笑顔のふりをして黙っていた。
声を重ねる人々の中で、
自分の音だけが浮いていた。

二時間待つのは退屈だった。
だが、通りの人から見れば、
私も熱烈なファンの一人に見えただろう。
その錯覚が、少し堪えた。
 
先輩は十万円の絵を買った。
右下のサインだけ直筆の複製画。
周囲でも次々と札束が動いた。
私はただ、立っていた。

そこから柴又へ向かったはずだが、
どうやって行ったのか思い出せない。

柴又駅の風景だけが、ぼんやり残っている。
映画のような人情にも、
優しい言葉にも出会わなかった。
ただ、「どうしてここにいるんだろう」と思っていた。

目的地に着いても、
物語はどこにも生まれなかった。

今ならスマホひとつで
誰にも頼らず行けるだろう。

だが、あの頃の私に「しっかりしなさい」と言うのは
いささか無責任だ。
むしろ今の私こそ、そう言われる気がする。

お金とスマホさえあれば、
ひとりでどこへでも行ける時代。
便利で、冷たい。

けれど銀座で見た「誰かを信じて声を重ねる」世界には、
結局、馴染めなかった。

いまSNSでファン同士が熱を交わす光景を見るたび、
あの日の銀座を思い出す。
外から眺めている自分だけが、また浮いている。
 
記憶に残るのは、柴又の天丼屋の匂いだ。
キスの白身がほろりと崩れ、
黒い胡麻油の湯気に溶けていく。
器の中の白さが、一瞬だけ光った。
冷たい街を歩き抜けたあとで見た、その白身。
あれが、たぶん私にとっての旅の救いだった。

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風だけが友達だった…

ある日の街角で、ふと目にとまった古いカワサキW3。
1973年製と思われる。

バーチカルツインエンジンの乾いた鼓動と、
スポークホイールの光が、心の奥にひとすじ差し込んだ。

そばにいたオーナーは二十代の後半か、
せいぜい三十代のはじめ。
その姿に、世代を超えて息づく魅力を感じた。

一方で、ずっと昔の職場の休み時間を思い出す。
「カワサキがさ」なんて熱く語っていたら、
いつの間にか隣にいた川崎さんに睨まれて──
あの時の空冷エンジンの風より冷たい沈黙が降りた。

思い出すたび、少しだけ笑えてくる。

あの頃の私は、風だけが友達の、
どこか仮面じみたライダーだった。

憧れのW3のオーナーになる夢は、やがて叶った。
けれど「彼のオートバイ、彼女の島」
みたいな物語にはならなかった。

女性を誘う勇気もなく、
タンデムの甘美に耽ることもなく、
運転技量にも自信が持てず、ただひたすらソロで
走り続けた。

風だけが寄り添っていた。

そして私のバイク人生は静かに終わった。
──ただし、免許だけはまだ返していない。

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9/07/2025

サイゼリヤとへそ ──夜の街に立ち尽くす断章──


   夜になっても、街はまだ熱を抱えている。
アスファルトは昼の匂いを残したまま、
足元にまとわりつく。

しばらく外に出ていなかった。
歩いているだけで、腹が減った。

サイゼリヤに入る。
ひとりでいるには、ちょうどいい明るさと距離感がある。
誰にも注目されず、誰の輪郭もはっきりしない。

グラスワインを何杯も重ねるより、
デカンタ小を時間差で二度。
量は同じでも、テーブルの上は静かでいられる。
防御とは、だいたいこういう形をしている。

酒を飲むのは、酔うためじゃない。
雑踏のなかで、自分の輪郭を
少しだけ薄くするためだ。
この日の会計は、
トマトソースパスタ、
ハンバーグステーキ、
ほうれん草のソテー、
デカンタ小が二本。
税込1,400円。

店を出ると、夜気はわずかに軽い。
それでも足元の熱は、まだ動かない。

帰り道、立ち飲み屋「へそ」の前を通る。
突然、BGMが流れ出す。
「へそ、へそ〜♪ 立ち飲み処へそ〜♪」

涼しげで、陽気で、やけに大きな音。
その瞬間、ここには入れないと分かる。

いきなり鳴り出す音楽の中へ、
ひとりでふらりと踏み込む勇気は、もうない。
立ち飲みという行為も、
いつの間にか演出をまとってしまったらしい。

かつては、
ホップ、ステップ、ジャンプ、
そんな順番があった気がする。

今は、ステップの残響だけが残っている。
跳ぶ場所も、
着地する先も、
見当たらない。

街は涼しげな顔をして、
じわじわと熱を帯びている。

それでも、
信号は規則正しく変わる。

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