ひとりでも、いいんですよ
先日、散歩の途中で、
小さな居酒屋の店先に置かれた看板に足が止まった。
「うさぎの8倍ナイーブなあなたでも、
一人で入れるお店です」
いたずら書きのような、やわらかい文字。
その調子に、ふっと心がゆるんだ。
その瞬間、同じ店の入口にあった、
もうひとつの看板を思い出した。
2004年の秋──この店はやはり控えめに
「ひとりでもどうぞ」と告げていた。
文面は忘れた。
けれど、入口に漂っていたあの遠慮がちな
気配だけは、今もよく覚えている。
あの頃は、個人店の扉をひとりで開けることに
まだ少し緊張が残っていた時代だったと思う。
チェーン店なら気にせず入れる。
けれど街の喫茶店や食堂は、どこか敷居が高かった。
スマートフォンも、絶えず言葉が流れるSNSも、
まだ暮らしの中心にいなかった頃だ。
誰かの反応を添えて食事を味わう必要もなく、
見せるための時間を生活に組み込む習慣もなかった。
そんな時代に、この店はひっそりと
「ひとりでも、大丈夫ですよ」と
誰かに届くかどうかもわからない声を
置いていたのだと思う。
もっとも、当時の私はひとりでは入れず、
ボサノヴァが好きという
共通の話題で知り合った女性と訪れた。
結局、この店の扉を開けたのはその一度きりだ。
二十年近く経ったいま、街には
写真映えを促す言葉や、
投稿されることを前提にした仕掛けが
あちこちに並ぶようになった。
それもまた、いまの時代のかたちだ。
ただ──
同じ調子で「ひとりでも、いいんですよ」
と掲げられた看板を前にしたとき、
2004年の入口にあった静かな声が
ふいに重なって聞こえた。
時代より少しだけ先に、
そっと気遣いを置いていた店だったのだ。
変わっていくものと、変わらないものがある。
どちらに心が動くのかは、人それぞれだろう。
私はただ、
変わらずそこにあった気配を見つけて、
立ち止まっただけだ。
— いまさんより
ラベル: お散歩写真機

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