7/11/2025

照明と私と串カツ田中(せんべろ編)


   十年ほど前の晩、
マツモトという男と入った串カツ田中の写真が出てきた。
店内は薄暗く、壁も床も油の匂いがしみついていた。
串カツは安くて、少し重たくて、
それが妙に落ち着いたんだよな。

あのときの照明は、通天閣のふもとの空気を、
そのまま店に連れてきたような灯りだった。
あの光の下では、時間の輪郭が少しぼやけて見えた。

そんなことを思い出して、
昨日ふらっとその店に寄ってみた。
財布の中身と気分を天秤にかけて、
軽く一杯だけのつもり。
いわゆる、センベロってやつだ。
入ってみると、見事に様変わりしていた。
やたら明るくて、串カツ屋というより
今どきのカフェみたいだ。

「無限串カツ」なんて旗が立っていて、
小ぶりの揚げ物が無制限に食べられるらしい。
空腹には危険すぎる誘惑。
その心意気は悪くない。

けれど、誰でも入りやすいその裏には、
誰にとっても特別じゃないという空気があって、
ああ、そういうことか、と腑に落ちた。
串カツをかじりながら、ふと十年前の、
あの油っぽい静けさが恋しくなった。
暗い照明の下、誰にも見られていない気がして、
マツモトとどうでもいい話をしていた夜。
あれはあれで、悪くなかったな。

カウンターの向こうでは、感激してるでもなく、
退屈そうでもない顔のおじさんが、
黙々と串カツをつまんでいた。
……(たぶん、それが私だった)。
還暦か。いや、その手前か。
もうそのへんは、よくわからない。
というか、誰かに見てもらわないと、
自分がどっち側なのかも怪しくなってくる。
そんなことを考えていたら、
いつの間にか、ハイボールが一杯、
カウンターに置かれていた。

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