照明と私と串カツ田中(せんべろ編)
十年ほど前の晩、
マツモトという男と入った串カツ田中の写真が出てきた。
店内は薄暗く、壁も床も油の匂いがしみついていた。
串カツは安くて、少し重たくて、
それが妙に落ち着いたんだよな。
あのときの照明は、通天閣のふもとの空気を、
そのまま店に連れてきたような灯りだった。
あの光の下では、時間の輪郭が少しぼやけて見えた。
そんなことを思い出して、
昨日ふらっとその店に寄ってみた。
財布の中身と気分を天秤にかけて、
軽く一杯だけのつもり。
いわゆる、センベロってやつだ。入ってみると、見事に様変わりしていた。
やたら明るくて、串カツ屋というより
今どきのカフェみたいだ。
「無限串カツ」なんて旗が立っていて、
小ぶりの揚げ物が無制限に食べられるらしい。
空腹には危険すぎる誘惑。
その心意気は悪くない。
けれど、誰でも入りやすいその裏には、
誰にとっても特別じゃないという空気があって、
ああ、そういうことか、と腑に落ちた。串カツをかじりながら、ふと十年前の、
あの油っぽい静けさが恋しくなった。
暗い照明の下、誰にも見られていない気がして、
マツモトとどうでもいい話をしていた夜。
あれはあれで、悪くなかったな。
カウンターの向こうでは、感激してるでもなく、
退屈そうでもない顔のおじさんが、
黙々と串カツをつまんでいた。
……(たぶん、それが私だった)。還暦か。いや、その手前か。
もうそのへんは、よくわからない。
というか、誰かに見てもらわないと、
自分がどっち側なのかも怪しくなってくる。そんなことを考えていたら、
いつの間にか、ハイボールが一杯、
カウンターに置かれていた。
ラベル: 食通風気取り





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