断章の地平
街は生きている、という言い方がある。
けれども最近歩いていて思うのは、
これは「生きているふり」を
している街なのではないか、という疑念だ。
建物の壁面も、路地の角度も、カフェの看板も、
いまやスマートフォンに撮られる前提で
化粧を施されている。
人が住むための街というより、画像の背景としての街。
では本当に生きているのはどちらなのだろう、
と立ち止まることがある。
競輪場の近くでよく目にする光景がある。
新しいゲーム機の発売日、整然と並ぶ行列。
その多くがジャンパー姿の中年から高齢の男性で、
子供の姿はほとんど見当たらない。
ただの偶然かもしれないが、「いない」という事実は、
どうしても風景として記憶に残る。
時代はこうして、音もなく傾いていくのだろうか。
新聞の訃報欄を眺めて、ふと気づいたことがある。
亡くなってから出棺までの間隔が、
以前より短くなっている。
先月目の当たりにした火葬場の混雑も、
いまは落ち着いているらしい。
控室は相変わらず広いが、
見送る人はぽつりぽつりとしかいない。
十五年前に見た同じ場所の光景とは、
明らかに違っていた。
ある記憶が、今も鮮明に残っている。
一八八四年生まれの女性が、
当時流行していた歌謡曲「骨まで愛して」を耳にして、
「イヤな唄だねえ」と小さく呟いた。
その一言が、なぜか二〇二五年の今も離れない。
愛の言葉ひとつ取っても、
世代や生の感触は、これほどまでに違う。
そういえば、「大根足」という
言葉を最近見かけなくなった。
網戸に無数に這っていたウンカの姿も、
もう長いこと見ていない。
言葉も虫も、声を上げずに消えていく。
通信アプリは、通知と営業と勧誘の波で満ちている。
それでも、顔と心を知っている友人と
待ち合わせをするときには、
いちばん自然に手が伸びる。身体が覚えている距離感は、
まだそこに残っているのだと思いたい。
流れていく時間の中で、感度は確実に鈍くなっている。
子供の頃、風呂上がりの縁側で、陸軍だった祖父や海軍にいた叔父から聞いた空襲や戦地の話は、
今や遠い声になった。
悲惨さに慣れてしまった自分を、ときどき情けなく思う。
それでも、街の違和感や、人の減った控室や、
誰かの何気ない一言は、断片として
まだ自分の中に残っている。
整ってはいないが、確かにそこに、
その時々の自分はいた。
そう信じるために、こうして
書き留めているのかもしれない。
ラベル: 長い文章

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