距離目盛りのある風景
M.ZUIKO DIGITAL ED 12mm F2.0を、
少しだけ安く手に入れた。
ほとんど迷うこともなく、即決だった。
長年使っていた14-42mmの標準ズームが、
ある日、前触れもなく動かなくなった。
撮れなくなると、手が空くというより、
自分だけがその場から切り離されたような感覚になる。電源を入れると、
そのレンズはいつもスッと前に伸びた。
私はこまめにスイッチを切ったり入れたりしていたから、
それがどこかを傷めたのかもしれない。
そう思うことにしている。
それで、12mmを迎え入れた。
ずっと気になっていたレンズだった。
クラシックなPENの筐体にしっくりくる、
金属の手触り。無言の重み。F2.0の明るさ。
それでもこれまで、「自分には縁がない」と
どこかで決めつけていた。
だから今回の出会いには、
ほんの少し、出来すぎた感じがあった。
オートフォーカスが当たり前になった今でも、
ピントの距離目盛りが
きちんと刻まれているのがうれしい。
少し古びた精密機器に触れているような感覚。
絞り優先でしか撮らない自分には、これで十分だった。
迷っていたレンズフードも、某ポイントで交換した。
つけてみると、思っていたより存在感があり、
カメラ全体が前へ出てくる。だから普段は外しておいて、逆光のときだけ、
そっと取り出す。それくらいが、ちょうどいい。
何枚か撮ってみた。
気まぐれで選んだはずなのに、
写ったのは、どこか前から
決まっていたような場所ばかりだった。
12mmという広角は、
思っていた以上に景色をすくい取る。島田の大井川・川越遺跡では、
石像の筋肉と、
そこに積もった時間が、
レンズ越しに静かに伝わってきた。
古民家で見た人形の姿に、ふと祖父の背中を思い出す。学校から帰ると、祖父がいた。
湯気のにおい。柱の影。
あの家には、不便さと一緒に、
確かな重さがあった。
今の暮らしの中で、あの重さだけが、
なぜか消えずに残っている。昔のわが家の玄関も、たしかにこんな感じだった。右側には黒電話があって、
電話をかけるときも、受けるときも、
三和土のつっかけを慌てて履き、
少し緊張しながら立った。
電話機というものは、どこか「怖いもの」だった。
川越遺跡の片隅で、そんなことを思い出していた。
戸の奥から、何かを問われているような気配がある。誰にも名前を呼ばれていないのに、
「次の方どうぞ」そんな声が、ふと背後から届いた気がして、
一歩、前へ出そうになった。大井神社の境内では、カブトムシの幼虫が
無人で売られていた。三匹四百円。
「かぶとへのへんしん」そう書かれた観察キットの横に、
「キミもへんしんの目撃者!」というコピー。
願いごとよりも、こういう小さな変身のほうが、
現実的で、ずっとやさしく見えた。ラムネ。鯉鳩のエサ。
ソフトクリーム。心太。甘酒。
その自由すぎる並びに、思わず足を止める。
木漏れ日の中の売店の看板は、
季語のない俳句のようだった。
ラベル: お散歩写真機



















