5/22/2025

PayPayがまだ聞こえなかった頃の、やわらかな時間


   ──「いただきました…」の女性
──あのレジの光景に、もう一度

 最近、セルフレジがずいぶん増えた。
白く光るセンサーに、ピッ。
客の私が、律儀に購入したものをひとつずつ読み取る。

ただの流れ作業。
そこに、人の温度はほとんどない。

かつて、レジには小さな人間模様があった。
だから今の味気なさが、ひどくさみしく感じられる。

今日は、そんなレジスターがまだ人の顔をしていた頃、
私が足繁く通ったドラッグストアのことを
思い出してみたい。

通い出した理由は単純だった。
ストロングゼロが、他より格段に安かったのだ。

当時の私は、ひどいアルコール依存。
ストロング缶500mlを、一日三本、時には六本。
店員たちはきっと私を
「危ない客」と思っていたことだろう。

カード決済で横柄な態度をとる人もいれば、
なぜか含み笑いを浮かべる人もいた。

――卑猥な英語ロゴのTシャツなんか着ていた、
私のせいかもしれない。

そんな、決して心地よいとは言えない風景の中で、
ある日、不意にほんわかする女性と出会った。

彼女は、どこか丸みを帯びた人だった。
脚が少し悪いのか、歩き方がぎこちない。
左右に、わずかに揺れるように歩く。

その様子を見るたび、支えてやりたくなる――
そんな衝動を、すぐに笑いで打ち消した。
けれど、そのぎこちなさが胸に残った。

彼女のレジでのカード決済は、
いまのセルフレジや「PayPay!」
の大声とは、まるで別世界だった。

チェックを終えると、
「◯,◯◯◯円になります」
澄んだ声で、はっきりと。

耳の悪い私にも、すっと届く声だった。

私はカードを渡す。
彼女は左手でそれを控えめに受け取り、
ゆっくりと差し込む。

乾いた電子音。ピピピッ。

そして、指を揃えた右手を静かに差し出し、
小さな口元から、やわらかくこぼれた。

「はい、いただきました…」

その言い方が、なんとも心地よかった。
まるで「こちらへどうぞ」と案内されるようで。

気づけば私は、その声をもう一度聴きたくて、
アルコール以外のものまで買うようになっていた。
スナック菓子、ゴミ袋、惣菜パン――
在庫は十分にあるのに。

レジは三台。三人の女性。
もちろん、いただきましたの彼女も。

順番を待ちながら、私はいつも胸が高鳴った。
中学生かよ、と自分に突っ込みながら。

けれど、彼女にあたることは一度もなかった。
人生は、思い通りにはいかないものだと、
あのドラッグストアで学んだ。

それでも私は、「いただきましたの声」を求めて通った。
店内を一回りして、いなければがっかり。
くだらないけれど、そんな繰り返しが妙に楽しかった。

――今月、Softbankユーザー向けに
「クリエイト10%オフ」クーポンが出た。

いまの私は、アルコール依存の治療も落ち着き、
純アルコール量20gの日があり、
休肝日も作れるようになった。

右手の震えは消え、
左手ももう少し――と医者に言われるほどになった。

だから、久しぶりにあの店に行った。
PayPayが使えるようになったか、確かめに。

けれど、レジから聞こえてきたのは――
情緒も風情もない、大きな声だった。

「ペイペイっ!」

その声に押し出されるように、
私はau PAYのカードで決済し、
レジの前を後にした。

もちろん、あのいただきましたの女性には会えなかった。
期待というのは、しない方がいいのだろう。

けれど――
あの声に、また出会えたら。

そんな思いを、小さなポケットにしまったまま、
今日も、暮れていく。

――うなぎ〰︎
Pay Pay Pay♫
シュンカドー

※以上、2024年12月のSoftbankユーザー
向けクーポン配布をもとにした小さな戯れ。

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5/21/2025

ピンクの看板と毒素と僕──2010年2月21日の日記より


   昨日の街歩きで、ふと胸に引っかかったことがある。
どうにも全身に毒素がたまってきたな、と
薄々感じていたので、
これはもう光でも浴びて流してもらうしかない──
そんな勢いで、友達がやっているエステ店へ向かった。

ところが、入口の小さな表札に
「女性専用」 の白い文字が後づけで貼られていて、
思わず足が止まった。

あれ、僕みたいな男が来ていいのか。

いったんその場を離れて、
近くの公園でケータイを取り出し、
恐る恐る電話してみた。

受話口から聞こえた声は
いつもの調子で、こちらを迎え入れる柔らかさだった。

「僕、男だけど……大丈夫?」

「ああ、あれね。最近ね、
風俗と勘違いして来る男性が多くて」

「まあ、マンションの一室だし。
ピンク色の看板ってのも、誤解を招くのかもね」

「酔った男の二人組が来たときは、本当に怖かったの」

「危ない思いしたんだね」

「間違い電話も多いのよ。『ヌキありますか?』
 とか言われて……
ほんと、気持ち悪くなっちゃう」

「……まったく男という生き物は、ね。
と、いう僕も男なんだけどさ」

そこまで話して、
急にプチッと回線が落ちたような、
不意の停電みたいな気配が訪れたところで
この日の話は終わる。

オチらしいオチもないことは、
書いている僕がいちばん分かっている。

日記はこの先も続いているのだけれど、
さすがに少々、生々しすぎて
ここに置いておくわけにはいかない。

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5/19/2025

約2年ぶりの熱海来宮神社へ


   来宮神社には、
伸びやかなリゾートワンピースを軽やかに着こなす、
陽気な女性がよく似合う空気がある。

だから、冴えない男こと私がひとりで訪れるには、
少しばかり度胸がいる。

長いまつ毛を伏せ、静かに佇む女性が似合う
京都・大原三千院とは対照的に、
ここ来宮神社は、開放的で明るい。

いずれにせよ——
京都市左京区大原、静岡県熱海市、

どちらの場にも私のような者は、
少しばかり、いや、かなりの場違いかもしれない。
今回は流行りの「映え」を狙う写真撮影が目的ではない。
二年前に授かった「酒難除守」を
返納するために訪れたのだ。
熱海は相変わらず坂道だらけ。
柔軟性に乏しい(脳も身体も)私は、
アキレス腱を伸ばすたびに小さく悲鳴をあげる。
思えば前回は、アキレスに加えて
肝臓までもが悲鳴を上げていた。
限度を超えた泥酔の果て、
前のめりに転倒して顔面をアスファルトに叩きつけ、
血だらけの顔になった。
まったく懲りない面(ツラ)だった。
だからこそ、あのときはかなり縋る思いで
神に願ったのだ。

いま、毎日がほぼ休肝日。
そして「KISS」の方も——
道路はもちろん、女性の頬や
瞼の上でも、相変わらずご無沙汰だ。

それでも、あの切なる願いはきっと叶ったのだと思う。
境内の大楠の前で、初めて「こと葉みくじ」を引いた。
手元に残ったのは「千思万考」という言葉と、
小さな木製のハート。
階段を登るたびに息切れするこの心臓には、
安全確認と、もしかすると
常備薬としての「救心」が必要かもしれない。
けれど、その小さなハートを手のひらに包んだ瞬間、
鼓動が少しだけ落ち着いた気がした。
長い年月を経て育った大楠の静けさが、
私の内側にもそっと流れ込んできたようだった。
▼追記、
このあたりには、「ほのか」という
名前の店や看板がやけに多い。
柔らかくて、どこか人を安心させる響きだ。
なるほど——この土地の空気にも、
そんなほのかさが漂っている。

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