写真が嘘をつく日
本日、ようやく。
再起動もせず、日本語設定のまま使える状態になった。
それだけのことなのに、
妙に落ち着かなかった。
AIの画像生成ツールを立ち上げる。
まずは、昔撮った知人の写真を一枚。
細かな指示は出さず、ただ読み込ませる。
(こういう画像は、本当なら
個人の手元だけに置いておくべきなのだろう)
出てきたのは、
写真よりも写真らしい質感をしたイラストだった。
似ている。
驚くほど、似ている。
誰もいない部屋で、
思わず声が出た。
その瞬間、
誰かに見せたくなった自分に気づいて、
少しだけ、ぞっとした。
次に、自分の写真を試す。
飲み会の席で、
無防備に撮られた一枚だ。
結果──
そこにいたのは、
知らない誰かだった。
番号を振るなら、
二十八号あたり。
笑った。
けれど、胸の奥に、
うまく言葉にできないものが残った。
AIにも、
好かれなかったのかもしれない。
そんな冗談が浮かぶ。
楽しい。
確かに、楽しい。
ただ、
写真がこんなにも簡単に
別の何かに化ける時代に、
もう足を踏み入れてしまったのだとも思う。
新聞には、
うまく信じてしまった人たちの記事が並ぶ。
信頼という言葉は、
少しずつ手触りを失っていく。
新しい職場で、
距離を測るように投げかけられる
軽い質問。
それと、
無表情なAIの仮面が、
どこかで重なる。
どちらが危ういのか。
まだ、決められない。
写真は、
もう真実の証拠ではない。
ただ、
何かが始まってしまう
入口になりつつある。
ラベル: 日記

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