3/13/2025

吃音障害(エアロビクス)


   イアロビック。
いあろびっく。
クッビロアイ。

そんなふうに口がもつれて、
誰に会っても私は、
名前のわからない風の音みたいに喋っていた。

ずっと標準語だと思っていた
「イアロビック」が、
じつは私だけの方言めいた思い違い――
その事実は、ある日の
とある人のひと声で、ふっと明るみに出た。

正しくは、エアロビクス。

えあろびくす。
スクビロアエ。

三度書き取りをしたみたいに
ゆっくり頭に刻み込んだつもりだったが、
舌だけは、どうにも昔の癖に手を引かれる。

そして、また
イアロビック。

相手の「イヤー」な顔ではなく、
その耳――ear――に
私の発音がそっと落ちていく。

呆れたようなまなざし、
「学ばない人だね…」という
あきらめの混じった声色。

学べないのではない。
ただ、言葉がうまく
私の口の形に馴染んでくれないだけだ。
説明しようとするほど、
さらに出口が狭くなる。

今日も、明日も、明後日も。
特定の誰かとは
たぶんケッシテ巡り会えないまま、
一期一会だけが
くるくる回っていく。

それでも、地球だけは
変わらずにまわり続けている。

――まるで、
言葉の届かない私を
やさしくフォローするように。

ラベル:

3/12/2025

たい焼き食べる?──もう店は閉まったけれど

「たい焼き食べる?」
「サイショどこから食べる?」
「う〜ん……シッポから…笑」
「イッショ」

──そんな、どうでもいいはずの会話の端っこが、
今となっては妙に愛おしい思い出として、
胸のどこかに貼りついている。

当時、親しくしていた女性との散歩の折、
静岡市葵区川越町の 梅田屋商店 で、
あんこぎっしりのたい焼きを二つ、
まるで合言葉みたいに買ったものだった。

あれから○○年──
つい先日、ひょんな用事のついでに、
久しぶりにその私が勝手に下町と呼んでいる界隈を
ひとり歩いてみたところ、
知ってしまったのだ。

この店、廃業していた。

しっぽからたいやきを食べる人間というのは、
心理テストによれば、
romanticな妄想が過敏で、
愛しさと一途さ、そして純情が
もれなく過剰気味らしい。

──ああ、なるほど。
当時の私は、思い当たるふししかない。

「ハヤクニンゲンニナリタイ…」
「ハヤクホカノダンセイトオナジ
アタリマエノニンゲンニナリタイ…」

そんな切ない願望と焦りをこじらせて、
常連というより「常習犯」と呼んだほうが
しっくりくる失態ばかり重ねていた。
最近の私は、鏡を前に、
自分を客観的に観察する訓練をしている。
恋は盲目ではないが、
不器用に終わった福笑いの失敗作のような顔──
パーツの距離感を誤り続けた、
いかにもブサイクな私の顔を
ウィンクではなく、しっかり両目で見すえて。

そのたびに思うのだ。

「身の程を知る」

ようやく、その謙虚さだけは身についたらしい。

瞳の奥も、唇も、
濡らすことを忘れた「ときめき」という感情は、
今回、まるでシャッターのように
固く閉ざされたままだった。
あのたい焼き屋と同じように──
静かに、しかし確かに、
閉店・廃業 してしまったのである。

ラベル:

頁のはじめへ