2/18/2025

ハートをグッと引き寄せたいかい?──望遠レンズ購入記念に──


   少年が帽子をかぶっていた。
いや、もしかするとかぶらされていたのかもしれない。
そう思わせるのは、この像が長い時間を
受けとめてきた証のように見えたからだ。

新しく手に入れた200ミリの
望遠レンズを試したくて、
私は久しぶりに八幡山へ向かった。
小高い丘のような山だが、
登るほどに心臓はグッ…というより、
ぎゅうっと抱きしめられるように痛む。
ときめきとは無縁のその「ぎゅうっ」に、
思わず「救心を…」と自嘲気味につぶやく。
年齢のせいだけではない、と信じたい。
頂上にある「少年とチャボ」の像に、
私が初めてレンズを向けたのは──たぶん四十数年前。
祖父母宅のアルバムに残る一枚の写真が、
その記憶を静かに引き寄せる。

1978年(昭和53年)。
像が設置された日の式典らしき場面。
亡き祖父が、当時の静岡市長・荻野準平氏の近くで
写っている。
拍手をしながら、少年とチャボへ
優しい視線を向けていた。
望遠レンズ越しに像を見ると、
そのときの祖父の笑顔までもが、
ふっと手元へ引き寄せられてくるようだ。

望遠とは、過去に触れるための
装置でもあるのかもしれない。
像の少し横に、新しい案内板が立っていた。
十年前にはなかった山々の説明。
八幡山は派手な観光地ではないが、
地元の人にとっては時の層が積もる静かな場所だ。
ファインダーの向こうに富士山が見える。
手を伸ばせば届きそうなほどの近さ。
200ミリのレンズが、
その巨大な山塊をひょいと引き寄せてしまう。
不思議な魔法だ。

富士山といえば──1993年の夏、
富士宮ルートから登ったことがある。
地下足袋とTシャツ姿で、あっさり高山病。
泉ピン子さんも驚くような「ピンチ」だったが、
なんとか頂に着き、火口を一周した。
帰宅後は首から上の皮膚がボロボロに剥けた。

今なら「もう充分です」と笑って言える。
老いとともに
遠ざかっていくこともあるが、望遠レンズは、
かつての自分さえ引き寄せて見せた。
35ミリの画角にて
35ミリに切り替えて、構図を変える。

少年とチャボ、その背後に竜爪山。
47年の時を超えても、少年は変わらぬ姿でそこにいる。
再び少年とチャボ、そして竜爪山
竜爪山(りゅうそうざん)は、
つい「りきどーざんっ!」と叫びたくなる名前だが、
もちろん関係はない。
ただ、空に背筋を伸ばすその姿が
どこか雄々しく、像の素朴さとよく似合っていた。
望遠は、遠いものを手元へ連れてくる。
山も、記憶も、祖父の笑顔も。
そして、長く離れていた自分自身さえ。

今日、八幡山でシャッターを切りながら思った。
距離があるから見えたものもあるが、
距離を縮めることでしか気づけないものもある、と。

レンズをしまうと、胸の
「ぎゅうっ」はもうどこかへ消えていた。

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