無口な変人、あっちイッテ ―葵区昭和町、イル・パパトーレ跡地にて―
久しぶりに、静岡市葵区の昭和町を歩いた。
それは本当に、何の予定もない、気まぐれの午後だった。
偶然──というには少し
胸の奥を撫でるような、冷たい風が吹いていた。
感傷に浸るほどの余裕もなく、ただ歩幅だけが一定で、
街の音のほうが先に季節を運んでいく。
そんなとき、ふと気づいた。
あの「イル・パパトーレ」が姿を消していた。
かつて、週末のランチタイムに足しげく通った店だ。
気心の知れた女友達と並んで、
木目のテーブルを囲み、湯気のたつ皿を分け合った。
笑い声の輪郭が、まだ耳の奥に少しだけ残っている。
私の定番は、煮込みハンバーグ。
ほかのメニューには目もくれず、
ひたすらそれだけを頼んでいた。
なんとなく「浮気しない男」になった気がして。
……いや、ただ単に、あの味がしっくり
きていただけなのだけれど。
それにしても、この町に
足を運ばなくなって久しかったのは事実だ。
気づけば、別の街ばかりを歩いていた。
そのあいだに、景色のほうが先に
変わってしまったのだろう。
「さようなら」と言う間もなく、
音も立てずに消えていくもの。
そんな別れ方を、僕はもういくつも経験している気がする。
どんどん居場所が減っていく。
思い出の中にしか残っていないものばかりが増えていく。
最後に、ひと言だけ。
イル・パパトーレよ、ありがとう。
そして──なぜか頭に浮かんだのは、あの古いコピーだ。
お口の恋人、ロッテ。
……
無口な変人、あっちイッテ。
たぶん、どこかで誰かが、そんなふうに私を笑っている。
ラベル: 食通風気取り

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