恩田原、変わりゆく地図の上で
このところ、よく歩く。
日々の移動のほとんどを足で稼いでいるせいか、
万歩計のアプリが「歩きすぎです」と告げてくる。
褒め言葉なのか、忠告なのかは分からない。
ともあれ、下半身はすっかり安定し、
カメラを持つ手も、以前ほどぶれなくなった。
だが今回の写真は、誰の目も引かないだろう。かつて、田と畑が広がり、用水が音を立て、
雑草からは葡萄のような匂いが漂っていた一帯──
恩田原の里。
東に目を向ければ、
銭湯の壁画のような富士山が見えた場所だ。
今は物流施設の鉄骨が視界をふさぎ、
農道も用水も消えた。
夏になればアスファルトが熱を溜め、
喉はすぐに麦茶を欲しがる。
記憶は止まることなく、
赤い「止まれ」の標識とは裏腹に、
静かに、しかし確実に消えていく。
観光地でもなければ、飲食店もない。
ただの住宅街で、色気も何もない。
けれど、かつての匂いや音を思い出すには、
これくらい飾り気のない場所のほうが
いいのかもしれない。最近は、かつての安倍川町あたり、
今で言う駒形にも、
用事があるときに立ち寄る程度になった。
惣菜屋で野菜カレーや空芯菜を買い、
また歩き出す。
そこから、さらに北へ向かう。古い路面電車の終点だった安西停留所跡を訪れると、
そこは一度ローソンになり、
さらに今は薬局に変わっていた。
風景は、何度でも着替える。
フィルムの時代は一枚を惜しみ、
三十六枚をどう使うか迷ったが、
デジタルになってからは
際限なく撮れるようになった。
今回も映えとは無縁の一枚ばかりだが、
ある日突然、更地になるかもしれない建物を前にして、
記憶の欠落を防ぐため、シャッターを切る。
永遠の風景など存在しない。
だから、今日も歩く。
首から下げたカメラが、
変わりゆく地図の上で、
せめて記憶の代わりになればと思いながら。
ラベル: お散歩写真機




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