島田市大代のジャンボ干支──巳年の巻
2017年1月以来、実に七年ぶりに、
大代のジャンボ干支を見に出かけた。そもそもどう行ったのか記憶があいまいで、
番地のない空き地のような場所だったはずだ。
カーナビにも入力できず、旧中川根町の親戚に
連絡しようか迷ったが、結局は
「とりあえず前へ進んでいれば、そのうち着くだろ」
という気分のまま出発した。
道路標識だけを頼りに運転するのは、どこか懐かしい。
子供の頃から、大井川鉄道の駅名を
呪文のように唱えていたことを思い出す。
◆かなや、しんかなや、だいかんちょう、
ごか、かみお、ふくよう、おわだ、
いえやま、ぬくり、ささまど、
じな、しおごう、しもいずみ、たのくち、
するがとくやま、
あおべ、さきだいら、せんず…
いまでもすらすら出てくるのだから、
当時は相当な大鐵好きだったのだと思う。
もちろん日切駅や門出駅は存在しなかった時代のことだ。
今回もその癖が抜けず、
大井川鉄道沿線の道路を優先して走った。
駅名標識には何度も助けられた。
五和駅付近で左折しようとしたとき、
駅名がいつの間にか
「合格駅」に変わっていて、軽く目を疑った。
それでも道中のあちこちに、
赤いノボリのジャンボ干支、
黄色地に黒文字の「あと何分」の
案内板があり、とても親切だった。
結果としてカーナビなしでも何一つ困らず到着できた。
北へ北へと車を進めると、
最後に「あと0分」の看板が現れた。
その一枚だけ、なぜか漢字ではなく
カタカナで「エト」と書かれていた。
理由はよく分からないが、乾いた笑い声が
ひとつ車内に落ちた。
緊張がほぐれたせいかもしれない。
巳年のジャンボ干支は、目がしっかり光っていた。静止画では伝わりにくいのが惜しい。訪れた時間帯には、デイサービスの方々が来場しており、
記念撮影がにぎやかに行われていた。左前方には藁で作られた大谷さんらしき像もあり、これがまた素朴な味わいで良かった。久しぶりに過去のジャンボ干支の写真を見返してみると、
その年の流行がさりげなく添えてあることに気づいた。
酉年の干支の横には、アポーペンの文字。
懐かしいコピ太郎の年だった。
ジャンボ干支というのは、
ある意味で地元の芸術なのかもしれない。このウェブログは、
芸術というより別の方向へ転がりがちだが、
今回はジャンボ干支を見習い、
少し流行りものを添えてみることにした。
話題になっている mixi 2 にも一応登録してみたが、
短文しか投稿できず、パソコンからの利用は
どうにも勝手が悪い。
やはり私は、写真機片手に静かに
歩くほうが性に合っている。
これで2025年、巳年の記録としておきたい。
(終)
ラベル: お散歩写真機

















































