11/11/2024

蓬莱橋の午後──静岡県島田市にて


   久しぶりに蓬莱橋を訪れた。
ナンセンスな写真になると分かっていても、
ここに立つとどうしてもシャッターを切りたくなる。

エアコンを切ったのは十月の終わりだった。
今年は涼しさに甘えすぎた気もする。
2024年も残り50日を切り、暦の上ではもう冬だという。 自宅からの30キロは、心の温度をゆっくり
調整してくれる距離だ。
蓬莱橋は以前より観光地らしくなっていたが、
川の匂いだけは昔のままだった。 通行料の100円を渡しながら、橋番の男性の顔をふと見た。
あれ、いつの間にか自分も同じくらいの
年代に近づいている。
時は静かに流れている。 橋を歩くと、肩の力がすっと抜ける。
大井川を渡る風は、説明のいらない静けさを連れてくる。

空は高く、雲はゆっくり移動し、
写真には光と影だけが残った。 蓬莱橋を渡るのは何度目だろう。
島田に来るたび、アピタの帰りに
寄った頃のことを思い出す。
橋の中央あたりに差しかかると、いつも昔の記憶が浮かぶ。 この橋を何人かの異性と並んで歩いたことがある。
同じ景色を見ていても、人によって受け取り方は
まったく違う。
霊気が強いと足早に戻った人もいれば、ただ景色を楽しんでいた人もいた。 その違いを眺めていると、風景よりも
人のほうがずっと揺れやすいのだと気づく。
自分は、こうした静けさのある場所で神経が休まる。
賑やかさより、風の音のほうがいい。

歩く速度が自然に合う相手とは、
きっとこういう場所で呼吸も揃うのだろう。 今日はスマホではなくデジタルカメラを持ってきた。
シャッターを切るたびに、
少しだけ絵を描く人の気分になる。 修復中の橋を見たことがある。
木材のつなぎ目には、手術痕のような跡が残り、
足元にわずかに伝わる揺れが、
積み重ねた時間を物語っていた。 橋を渡り、公園まで歩いた。
坂道で心臓が少し早く打ち始めたが、
そのぶん気持ちは軽くなっていく。
万歩計はいつの間にか一万歩を超えていた。 像の足元に設けられた喫煙スペースの、
控えめな灰皿が目に留まる。
誰かのためにそっと置かれたものが、ひっそりそこにある。
その気配がいい。 夜の大井川は、きっと今も美しいだろう。 梶原山の夜景を最後に見たのは、もうずいぶん前だ。
青春は、気づかないうちに背中のほうへ
遠ざかっていたらしい。 ふと見ると、縁結び地蔵が置かれていた。
男女の縁よりも、いまの自分には生活の「円」のほうが
切実だ。
手は合わせず、カメラだけ向けた。 蓬莱橋で過ごした三時間。
その静けさは、ちょうどよかった。 煌びやかな場所にはなじめない。 けれど、この風景の中で時間がゆっくり
流れていくことこそ、
自分にとっていちばんの贅沢なのだと思う。

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