11/26/2024

笑ってひらく、明治の口


   静岡市駿河区。宇津ノ谷──
その谷間に、明治宇津ノ谷隧道がぽっかりと
口を開けていた。

訪れたのは、三年ぶりだった。
前回はたしかカメラを買い替えたばかりで、
性能を試すというより、
光と影の輪郭をもう一度確かめたかったのだと思う。
煉瓦の素肌めいた質感を、ただ真面目に写し取りたかった。
今回も、思わず身震いする瞬間が撮れた。
ああ、高い買い物にも意味はあったのだ、と
ようやく腑に落ちる。
トンネルの口は、
長い沈黙のあとにようやく笑みをこぼしたようにも見えた。
その表情がふと、昔の自分の顔を思い出させる。

そして気づく。
トンネルにはトンネルのチャームポイントがある。
陽を浴びながら、
何かを思い出してひとり微笑むような余裕があるのだ。
ここは、いつの頃からか
「人間関係からの避難場所」として
密かに心の地図にマークしていた。
だが今回は、逃げ込む必要さえなかった。
面倒なあれこれを、思いきって
リセットしてしまったからだ。

リセットには副作用がある。
風呂上がりの一杯すら、もう二ヶ月も遠ざかっている。
胸のあたりがむかつき、どうにも合わない。

もはやアルコールの身体ではない──
これはこれで幸運だ。
かわりに最近のご褒美といえば、
ハーゲンダッツではない甘ったるいアイスをときどき。
妙な忠誠心を感じるほど、しみじみうまい。

さて、撮影の話へ戻ろう。
周囲は薄暗く、どうにも速度が出ない。
それでもα6700の手ぶれ補正のおかげで、
三脚なしでも息をのむ一枚が撮れた。
銀塩の時代を知る身としては、ただ感心するばかりだ。
平成トンネルを抜け、藤枝市へ。
坂下地蔵堂を横目に通りすぎると、
名前を借りるなら登り坂46の道が続く。
慎重に進めば、つたの細道公園に着く。
ふと、昔のfoursquareを開く。
前回の訪問は2015年11月だった。
北海道犬の彼もここが好きで、
よく笑っていた。
その顔がひょっこり浮かぶ。
……少し長くなったので、このあたりで。
◆僕が冗談を言うと
世界は泣き、僕が泣くと世界は笑い出す──

中学の頃、Bee Gees の
「I Started A Joke」 を口ずさみながら、
自転車でここを訪れたことがある。
あの頃の陰気さも、今となっては愛おしい。
動画編集のスキルはない。
それでも景色と音楽があれば、
脳内で完璧なプロモーションビデオくらいは
組み立てられる。

……ただ、パソコンの前に座ると、
どうにも現実はうまくいかないのだけれど。

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11/22/2024

法多山、ひとり写心帖──2024年 晩秋の風に


   あれから一年。
またひとりで、法多山尊永寺を訪れた。

お守り袋の中身──厄除けの交換。
そんな名目をつくって出かけてきたけれど、
ほんとうはただ、山の空気を吸いたかったのだと思う。
季節の匂いを胸の奥まで入れ直すように。 境内には、和傘がぽつぽつと飾られていた。
傘の柄が風に揺れ、薄い陽光をやわらかく撥ね返している。
レンズ越しにその揺れを追いかける人々。
気づけば自分も、無意識のうちにカメラを構えていた。
──SNS依存症、と呼んでしまえば簡単だけれど。
それもまた、今という時代のひとつの生き方なのだろう。 撮影したなかで「これは」と思えたものは、
プリンタで印刷して手元に残す。
自分だけの証明のように。
けれど、Canonのプリンタはどうにも「文書担当」で、
写真の色味には満足できない。
「写真はEPSONですよ」
そう教えてくれたのは、カメラ売り場の
やや神経質そうな男性だった。
──彼らのほうが、やはり詳しい。 翌日からは「もみじ祭り」らしかったが、
異常気象のせいか、ほとんど紅葉していなかった。 それでも、ファインダーをのぞくたび、
自分のこころだけは静かに紅く、
音もなく高揚していた気がする。 参道を歩き、石段を登る。
息は切れる。 長年のチェーンスモーカーの肺には、
本堂までの距離と勾配はいつも手強い。
今回もまた心臓がばくばくとして、思わず
トイレへと駆け込んだ。
──こういうところばかり、身体は正直だ。

願わくば、法多山のトイレにも、せめて一基くらいはウォシュレットが欲しい。
落ち着くまでに、少し時間がかかった。 境内はとにかく広い。
俯瞰図を眺めると、その雄大さがよく分かる。
日頃の運動不足を痛感するには、十分すぎる場所だ。 そんな広い境内の一角で、今回初めて気づいた
小さな社がある。 その名前は「二葉神社」─。 かつて浜松にあった二葉遊郭と関わりがあるらしい。女性のための神社だという。 足を踏み入れた瞬間、どこか場違いなところに迷い込んだような、
こそばゆい後ろめたさを覚えた。 ふと思い出す。
静岡市の遊郭といえば、実家に残っていた古い書物のなかに、安倍川町や二丁町の記録があった。
十返舎一九とは違った筆致で綴られた、
旅の男たちの喜びの記録。
──うらやましい時代だと思った。

今の静岡は、歓楽街というより「陥落街」─。
バキャクラやコンカフェの店先からは、
「明治と大正ってどっちが古いの?」「出雲大社って、どこにあるんだっけ?」
そんな、無垢とも無関心ともつかない声が聞こえてくる。
スマホに支配された「指タップ世代」の話しぶりは早口で、略語の嵐で、まるで異国語のようだ。
保守的な自分には、どうしたって居場所は見つからない。
ここはどこだ? アタシハダレ?
……そんな徒労感を抱えたまま、
今日も静岡の街を歩いている。

追記。 京都の清水の舞台から飛び降りる度胸はないけれど、
地元・音羽町の「清水の舞台」には行ってきた。

先日買ったカメラを早速フル活用──だったのだが、撮った写真を見返すと、やはり腕が「イマイチ今さん」─。
ネットでカメラ談義を覗くと、写真にうるさい人たちの指摘は重箱の隅どころか、その裏までひっくり返す勢いで、見ているだけで背筋が伸びる。

この文章をネットという「世界丸見え」に放つのも、本当は恥ずかしい。できることなら鍵付きにしたいくらいだ。
発売日だったので、書店でカメラ雑誌も手に取った。
唯一並んでいたのは「CAPA」──。
しかも、もう学研ではなかった。

裏表紙のロゴから、いつのまにか変わっていた出版社。そんな些細なところで、ひっそりと時代の移り変わりを知る。

──時代は進む。
そのなかで、自分はいったいあとどれだけ、「撮りたい風景」と出会えるのだろう。
そんなことを思いながら、晩秋の風に吹かれて山を下りた。

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11/19/2024

写真機生活、再起動――人生はレンズ交換式


   数日前、実に久しぶりに、
ファインダー付きのレンズ交換式カメラを手に入れた。
APS-Cサイズの、軽量なボディだ。

三脚ネジ穴には、小さな金具を取り付けた。
右手の小指まで、きちんと収まる。
それだけで、少し安心する。
落下防止というより、
こちらの不安定さを支えてくれているような感触だった。

レンズは、単焦点のパンケーキタイプを選んだ。
ズームは便利だが、電源を入れるたびに
沈胴するあの一拍が、
どうにも性に合わない。
迷っている間に、風景は平気で逃げていく。
スナップには、すぐ応答できる道具のほうがいい。

本音を言えば、浮気などしたくはなかった。
オリンパス――いや、OM SYSTEMが、
ペンFの後継機を出してくれていれば、話は違っただろう。
手持ちのレンズをそのまま使い、
何事もなかったかのように撮り続けていたはずだ。

だが、出る気配はない。
待つ時間にも、いつか限界が来る。

だから舵を切った。
SONYの、小さなファインダー付きモデルへ。

これでようやく、日中の強い陽射しの中でも、
構図を確かめながら撮れる。
背面モニターが鏡のように反射し、露出も勘に頼っていた、
あのもどかしさとは距離を置ける。

以前、島田市の蓬莱橋で撮った日のことを思い出す。
快晴の空の下、画面は白く飛び、
景色はほとんど見えなかった。
それでもシャッターは切った。
だがあれは、「見て撮った」というより、
「当てずっぽうに記録した」に近かった。

老後を見据えた、健全なカメラ生活。
それは単なる趣味の話ではない。

歓楽街で過ごした、曖昧な時間。
お世辞と笑顔に酔い、消えていった紙幣。
そういうヒヒジジイ的散財からは、
もう降りようと決めていた。

今さら若返るわけではない。
ただ、少年のような、曇りのない目線だけは
手放したくなかった。

ニコンも、キヤノンも、富士フイルムも、
店頭で手に取ってみた。
どれもよく出来ている。
だが、どこか重く、大きい。
毎日持ち歩くには、覚悟が要る重さだった。

その点、この小さなボディは違った。
構えよう、ではなく、
一緒に出かけようと思えた。

いまや、ファインダー付きで、
なおかつ気軽に持ち出せる
レンズ交換式カメラは、驚くほど少ない。
スマートフォンが主役となり、
撮ることは発信とほぼ同義になった。

短く、派手で、音楽付きの映像が優先される世界で、
「構えて、見る」という行為は、後景に追いやられている。

それでも、こちらはこちらの流儀でいこうと思う。
立ち止まり、構え、切り取る。
誰に見せるためでもなく、自分のために。

レンズ交換式の人生は、これからだ。
見たいものに合わせて、視点を替える。
無理のない距離で、世界と向き合う。

再起動とは、派手なことではない。
小さなファインダーを覗き直す、
その一瞬のことなのかもしれない。

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11/11/2024

蓬莱橋の午後──静岡県島田市にて


   久しぶりに蓬莱橋を訪れた。
ナンセンスな写真になると分かっていても、
ここに立つとどうしてもシャッターを切りたくなる。

エアコンを切ったのは十月の終わりだった。
今年は涼しさに甘えすぎた気もする。
2024年も残り50日を切り、暦の上ではもう冬だという。 自宅からの30キロは、心の温度をゆっくり
調整してくれる距離だ。
蓬莱橋は以前より観光地らしくなっていたが、
川の匂いだけは昔のままだった。 通行料の100円を渡しながら、橋番の男性の顔をふと見た。
あれ、いつの間にか自分も同じくらいの
年代に近づいている。
時は静かに流れている。 橋を歩くと、肩の力がすっと抜ける。
大井川を渡る風は、説明のいらない静けさを連れてくる。

空は高く、雲はゆっくり移動し、
写真には光と影だけが残った。 蓬莱橋を渡るのは何度目だろう。
島田に来るたび、アピタの帰りに
寄った頃のことを思い出す。
橋の中央あたりに差しかかると、いつも昔の記憶が浮かぶ。 この橋を何人かの異性と並んで歩いたことがある。
同じ景色を見ていても、人によって受け取り方は
まったく違う。
霊気が強いと足早に戻った人もいれば、ただ景色を楽しんでいた人もいた。 その違いを眺めていると、風景よりも
人のほうがずっと揺れやすいのだと気づく。
自分は、こうした静けさのある場所で神経が休まる。
賑やかさより、風の音のほうがいい。

歩く速度が自然に合う相手とは、
きっとこういう場所で呼吸も揃うのだろう。 今日はスマホではなくデジタルカメラを持ってきた。
シャッターを切るたびに、
少しだけ絵を描く人の気分になる。 修復中の橋を見たことがある。
木材のつなぎ目には、手術痕のような跡が残り、
足元にわずかに伝わる揺れが、
積み重ねた時間を物語っていた。 橋を渡り、公園まで歩いた。
坂道で心臓が少し早く打ち始めたが、
そのぶん気持ちは軽くなっていく。
万歩計はいつの間にか一万歩を超えていた。 像の足元に設けられた喫煙スペースの、
控えめな灰皿が目に留まる。
誰かのためにそっと置かれたものが、ひっそりそこにある。
その気配がいい。 夜の大井川は、きっと今も美しいだろう。 梶原山の夜景を最後に見たのは、もうずいぶん前だ。
青春は、気づかないうちに背中のほうへ
遠ざかっていたらしい。 ふと見ると、縁結び地蔵が置かれていた。
男女の縁よりも、いまの自分には生活の「円」のほうが
切実だ。
手は合わせず、カメラだけ向けた。 蓬莱橋で過ごした三時間。
その静けさは、ちょうどよかった。 煌びやかな場所にはなじめない。 けれど、この風景の中で時間がゆっくり
流れていくことこそ、
自分にとっていちばんの贅沢なのだと思う。

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11/06/2024

自然の解像度──あさはた緑地にて


   小学校四年の十一月、
繁華街の学校へ転校するまでは、
山と田んぼと小川に囲まれた土地にいた。

隣家に同級生はおらず、
遊び相手といえば、動物や昆虫だった。

両親が購読してくれた「学研の科学」は、
座学よりも飼育や観察のきっかけになり、
日々の暮らしは小さな実験場のようだった。

そんな環境が、ある日いきなり変わる。
都会の小学校に通いはじめ、
遊び場は野原から百貨店に替わった。

同級生は増えたものの、どこか気取った空気に
うまく馴染めず、転校生という理由だけで
つまずくこともあった。
幼い自分には、それが都会の表情に見えた。
今月の「すろーかる」で
静岡市葵区・あさはた緑地の特集を読み、
文章の呼吸に誘われるように
オリンパスペンを持って出かけた。
紅葉にはまだ早いが、
淡い秋色を含んだ一枚が撮れた。
緑地は賑わい、犬たちが軽やかに走り回っている。
その動きの連なりが、
古いフランス映画のワンシーンのように
画面の奥へ流れていった。
幼い頃に触れた大自然と、そこで出会った生き物たち。
思えばそれが、今も自分の心の基準になっている。
あさはた緑地は、その原風景をそっと呼び戻してくれる。
センターハウスの壁には
動植物の一覧が貼られていた。
ウシガエルにも、再会してみたい。
ナマズもいるという。外来種への注意書きを眺めながら、
ふと、人間の世界で語られる「多様性」のことを思った。

観察小屋からの眺めは広く、
湿地帯まで見渡せる。
写真を撮る者が高いところに登りたがる気持ちは、
やはり否定できない。
ただ、夏の海岸でカメラを構えていれば
余計な誤解を招くこともある。

だから海は、肉眼で眺めるだけにしている。
もともと動画にはあまり興味がなく、
静止画のほうが落ち着く。

写真集なら、距離を保ったまま
世界を自分のペースで覗ける。

動画では声音や動きの解像度が
想像より先にこちらへ届いてしまい、
ときに物語が壊れることがある。

その点、写真は沈黙を残してくれる。
想像の余白を、
こちらの手元に置いたままにしてくれるのだ。

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