7/16/2024

最善の生き方は自分に正直になること


   久しぶりに東京タワーへ行こうかと思った。
入り口付近に立っていた、

樺太犬の像を、もう一度見ておきたくなったからだ。

調べてみると、像はすでに撤去されて久しいという。
二〇一三年頃、近代オリンピック関連の流れで
姿を消したらしい。
それを知った途端、
東京タワーへ足を運ぶ気持ちは、嘘のように萎んだ。

あの像は、あの場所にあったからこそ意味があった。
そう感じてしまう自分を、無理に言い換えるつもりはない。

過去に書き散らした短文を、まとめて残しておく。
役に立つ情報でもなく、
明日すぐに誰かの得になるものでもない。

呼び名に馴染めない代表チームの話。
今も使い続けている古い音楽プレーヤー。
店頭から消えた菜の花の辛子和えを惜しみ、
代わりにネギぬたを探して歩いた春。

背中のかゆみに、孫の手が必需品になったこと。

どれも取るに足らない。
だが、取るに足らないことの積み重ねでしか、
人は自分の輪郭を残せない。

カメラからファインダーは消え、
写真は「撮るもの」から「整えるもの」になった。
機械に話しかける生活にも、
いつの間にか慣れている。

ネットは便利になったが、居心地は良くない。
見知らぬ誰かに、
気軽に言葉を投げることはできないままだ。

人と人との「間」は、
京都の庭のように整うものではない。
そのことを、若い頃にはうまく扱えなかった。

街では、酒場よりも純喫茶が賑わっていると聞く。
色のついた飲み物や皿を眺めたい、
ただそれだけなのかもしれない。

誰もが「すぐに役立つもの」を求める時代だ。
だが私は、それをあまり信用していない。

日本は変わった。
自分も変わった。

最近は、上を向くよりも、
下を向いて歩いている。
落ちているものの方が、よく見える。

安易に約束はしない。
この考えだけは、あまり変わっていない。

最善の生き方は、自分に正直になること。
少なくとも、それだけは、
まだ手放していない。

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