1/07/2024

モノを大事にするということ――直す時間と、書く時間


   最近、壊れたらすぐに買い替える、という判断が
あまりにも自然になっている気がする。
「直す」という発想そのものが、
最初から選択肢に入っていない。

実家の環境も、いつの間にか
WindowsからiMacへと切り替わっていた。
使いやすさ、安心感、連携の良さ。
理由はきっと、間違っていない。
ただ、機械に長く触れてきた身としては、
少しだけ、もったいなさが残る。

新しいものが悪いのではない。
直しながら使う時間が、
ごっそり省略されてしまった感じがするのだ。

機械は、使えば摩耗する。
がたつきも出るし、調子も狂う。
それは人間と同じで、避けられない。
だからこそ、給油や清掃、
小さな調整が意味を持つ。

仕事では、止めてはいけない機械を相手にしてきた。
決められた手順を守り、
決められた時間に手を入れる。
それだけで、寿命は驚くほど延びる。

家庭用の機械も、本来は同じだ。

年明け、プリンタの調子が悪いという話を聞いた。
黒だけ印字されないから買い替える、という。
少し待て、と言いたくなる。
まだ、できることはある。

今は便利な時代だ。
分解の仕方も、調整の方法も、
探せばいくらでも出てくる。
インターネットは、
捨てる理由を集める場所にもなるが、
直す知恵を拾う場所にもなる。
どう使うか、なのだ。

年賀状のことを考えると、
この話はもう少しはっきりする。

インクジェットで整った文字が並ぶ年賀状は、
確かに効率がいい。
だが、そこに手で書かれた一行があると、
紙の手触りが変わる。

字がきれいかどうかは関係ない。
むしろ、不揃いな文字の方が、
書いた時間を想像できる。

一年に一度くらい、ペンを持ち、
短い文章を書き、ポストまで歩く。
それだけの手間が、不思議と心を静かにする。

機械も、人のやり取りも、早く、軽く、
使い捨てる方向へ進んでいる。

それは合理的だが、直しながら使う余白まで
手放す必要はない。

壊れたらすぐ買い替える前に、書かなくなる前に、
一度、手を動かしてみる。

モノを大事にするというのは、節約の話ではなく、
時間を引き受けるかどうか、その姿勢の問題なのだと思う。

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