12/29/2023

夜の机に黒いノート


   ようやく、新しいMacBookが自室の机に落ち着いた。
先月オンラインで買った一台は初期不良で返品となり、
交換品がこうして静かに息をひそめている。
 
前に使っていたのは、2019年の初夏に迎えた機種だった。
あのときは空き巣に遭い、MacBookもiPadもiPhoneも、
手元にあった小さなガジェットまですべて持っていかれた。
やむなく手に入れたその一台は、それから四年半、
文句ひとつ言わず働いてくれた。

けれど、Intel Macの時代はもう遠くなった。
処理は重く、バッテリーは短く、動画を書き出すたび、
時計の針ばかりが進んでいく。

YouTuberになるつもりはないが、
2010年頃から非公開チャンネルに
日々の断片を置き続けている以上、
ある程度の速さと体力は、やはり必要だ。

だから今回は少しだけ贅沢をした。
細かな仕様を書くつもりはない。
数字を並べても、机の上の静けさには勝てない。

新しいMacBookで真っ先に確かめたのは、
バッテリーの「余裕」だった。
「最大容量100%」──。

その表示が、不思議と守られているように見えた。

ケーブルにつながれていなくても、
そこにいてくれる安心。
あの日ふいに奪われた夜の落ち着きが、
ようやく戻ってきた気がする。

Apple Siliconの電池は、
不安の影が届かないところまで長くもつ。
軽い一泊なら、充電器は持たなくてもいい。

選んだのは16インチではなく、14インチ。
持ち運ぶことを思えば、それが自然だった。

夜の机に、黒いノート。
静かな灯りと、ほのかな温度。
今夜からまた、ここで暮らしていく。

ラベル:

12/16/2023

夜霧よ今夜もありがた迷惑


   昨日、ほんの出来心で、ひとり小さな旅に出た。
暮らしの地図からぽっかり抜け落ちていた
神奈川県茅ヶ崎市。

行く理由は単純だった。
数字の誘惑──還元率25%。
金額にしてみれば大したことはないのに、
その端数の輝きが、知らない街へ背中を押してくる。

冬の茅ヶ崎は、観光の賑わいも眠りについているらしく、
通りを吹き抜ける海風だけが旅人を相手にしていた。
買い物を済ませ、「そよら湘南茅ヶ崎」や
ガストに立ち寄り、
海の気配を少しだけ肺に入れたところで、
帰途につくことにした。
ところが、夜の茅ヶ崎は機嫌が悪かった。
放置された自転車が将棋倒しになるほどの強風。
季節外れの生ぬるさが、
首筋から背骨へじとりと入りこむ。

軽自動車の車体は横殴りに揺れ、
これから越える山の気配が、胸の奥でざらつき始めた。

その胸騒ぎは、箱根新道に差し掛かったところで、
確信に変わった。
西湘バイパスを抜けた途端、濃霧が前触れなく落ちてきて、
世界は乳白色の袋のなかに詰め込まれた。
フロントガラスは曇り、
道路と奈落の境目さえ見えない。

頼りにしていたアダプティブ
クルーズコントロール(ACC)は沈黙し、
速度もレーンも、自分の感覚だけに預けるしかない。

名も知らぬカーブが次々と、
こちらの覚悟を試すように現れる。
視界ゼロ、独りぼっち。
それでも、愛車だけは傷ひとつ負わせたくないという
ささやかな意地が、拳とハンドルを結びつけていた。

「夜霧よ今夜も有り難う」だなんて、
口が裂けても言えない。
霧はただ、こちらを飲み込もうとするだけだ。
ありがた迷惑にもほどがある。

ようやく富士川SAへ転がり込んだとき、
エンジン音が止むのと同時に、
指先から緊張がこぼれ落ちた。

外に出ると、遠くの街がぽつぽつと光っている。
決して好きではない夜景が、
そのときばかりは、
「帰ってきた」という事実を
そっと照らし出していた。
数字に釣られて旅に出た夜だったのに、
最後に残ったのは、
生きて帰ることの確かさだけ。

あの濃霧の箱根八里のことは、
きっと割引より長く覚えている。

ラベル:

12/09/2023

吸着の窓、静かな走行


   名古屋の街を抜け、常滑へ向かう短いドライブだった。
Canon PowerShot V10を、助手席の窓ガラスに吸着させる。
Amazonで見つけたUlanzI製のGoPro用吸盤マウントは、
走行中も不思議なほど安定していた。

透明なガラスに固定すると、画面下に映り込みがちな
ダッシュボードは消え、視界には前方の道路だけが残る。
静かに、正確に、走行そのものを記録できる。

昨年12月7日。
名古屋インターチェンジから市内を抜けるまでの道のりと、
さらに郊外へ向かう区間。

合わせて一時間ほど、4Kの映像を
内蔵バッテリーだけで撮り切った。

機材の限界を確かめる、というほど大げさなものではない。
だが「撮れるところまで撮った」という実感は、
確かに残った。
車にはAC電源を増設してある。
給電しながらの撮影もできる。
今回はケーブルがわずかに届かず、
後半は記録を諦めた。

惜しさはあったが、同時に静かな満足もあった。

次は、もう少し長いUSB-Cケーブルを用意しようと思う。
それで十分だ。

SDXCカードが満杯になれば、
MacBookへすぐに転送できる。
黒い筐体は、いまや私の移動式の編集室であり、
記録の倉庫でもある。

編集ソフトは、まだ決めていない。
純正で足りる気もするし、
別の力を借りたくなる瞬間もある。

だが、画面に向かって
一人で黙々と作業する
冬の時間を、私はさほど悪いものだとは思っていない。

ドライブという行為は、思いがけず
自分の内側に余白をつくる。

誰かの言葉に振り回されるより、
ただ、見知らぬ道を進むほうが
いまの私には健やかだ。

人生の記録は、案外こうした
無名の時間の中に宿るのかもしれない。

少なくとも私は、そう信じてみたくなっている。

ラベル:

頁のはじめへ