退屈という贅沢──「Once I Loved」をめぐる午後の空想
人は平和を欲する。
それは、住職の法話に滲む仏教的な視座からも、
街角の会話からも、たぶん多数派の願望だろう。
けれど、平和とは、時に退屈の別名でもある。
静けさの中で、何かが欠けているような感覚。
それを贅沢と呼ぶか、空虚と呼ぶかは、
聴く音楽によって変わる。
今日の音楽は、アントニオ・カルロス・ジョビンの
ボサノヴァ。
英語で歌うのは、アストラッド・ジルベルト。
「Once I Loved」─。この曲は、退屈の対義語ではない。
むしろ、退屈の奥に沈んでいる、
まだ言葉にならない感情を、そっと揺らす。
何かを決めきれない午後や、
気持ちの行き先が定まらない瞬間、
ふと、この曲が浮かぶことがある。
歌詞は、あってもいいし、なくてもいい。
英語のまま、意味を追わずに。ただ音だけを受け取る。
日曜の午後、気だるい空気の中で、
ひとり、静かな場所に身を置きながら。
煙草も酒も、いらない。耳を澄ませるだけでいい。
それは、何かを鍛えるためではなく、
手放しかけていた静けさを、そっと思い出すための、
小さな儀式なのかもしれない。
ラベル: 好きな音楽

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