ガソリンの値札と、あの頃の胃痛について
このウェブログに、十年前の僕がまだ生きている。
「趣味:バレー──バレーとバレエの12時間」─。
タイトルだけは陽気で、
しかし文章のどこかに湿った金属の匂いが漂っている。
読み返してまず戸惑ったのは、ガソリンの値段だ。
今朝、スタンドの電光掲示を見て思わず眉をひそめたけれど──
2013年の値札も、たいして変わらなかった。
十年分の驚きを返してほしいくらいだ。
2013年の僕は、会社にほとんど座っていなかった。
外回りばかりで、給油のたびに現金を
社長の席まで取りに行く。
直線距離にすれば数歩なのに、
あの道のりにだけ湿った風が吹いていた。
社長は常に不機嫌で、言葉の棘を惜しみなく飛ばしてきた。
「ガソリンばっか撒き散らして」
そう言われるたびに、僕の胃は静かに薄く削られていった。 売上は下り坂、事務所の空気は曇天のまま固定されていた。
それでも、僕は辞めなかった。
理由は今でもはっきりしない。
惰性だったのか、恐れだったのか、
あるいは「外回りしていれば怒鳴られずに済む」
という
ささやかな逃亡の成り立ちだったのかもしれない。
今も、ガソリンの地域差が妙に気になるのは、
その後遺症だろう。
静岡市は西部より少し高くて、
富士はさらにもう一段高い。
地図アプリを眺めながら、
必要もないのに価格を比較してしまう。
あの頃の癖だけが、いまだに体内のどこかで
生き残っている。
久しぶりに当時のブログ本文を読み返すと、
なぜか能天気な調子で締められていた。
よくそんな調子で書けたものだ、と我ながら不思議になる。
たぶん、書きながら強がっていたのだろう。
あの頃の自分は、強がり方だけは妙に上手かった。
十年前の僕が、今日の値札を見たら何と言うだろう。
たぶん「高いな」と笑って見せるはずだ。
その裏で、胃の奥がまたひとつきゅっと痛むのだろう。
そして今の僕は──
一体どんな燃料を、どこに流し続けているのだろう。
そう思った途端、十年分の距離がふいに近く感じられた。
ラベル: 長い文章
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