10/12/2023

顔色はよいか、の距離感について


   朝礼の列に並ぶ。
ヘルメットの重みが、
まだ眠っている頭蓋の奥へ、ゆっくり沈んでいく。

「顔色はよいか!」「ヨシッ!」

その指差呼称は、現場の儀式であり、
日々の安全をつなぎ止める、短い呪文のようでもある。

周囲は迷いなく声を張りあげる。
それが、この場所の「正しいリズム」なのだろう。
けれど、胸のどこかに、薄いざらつきがこびりついている。

隣に立つ若い女性作業員。
冷えた朝の光のせいで、目のまわりがわずかに赤い。
ヘルメットの下で、髪が小さく揺れている。

「顔色」を確かめるために、
こちらは彼女の目を見るしかない。

それが安全確認であるとわかっていても、
視線を置く場所が定まらない。
見つめることが義務であるはずなのに、
その瞬間だけ、境界線に触れてしまうような
居心地の悪さが残る。

「ヨシッ!」と声を上げるたび、
胸の奥で、薄い金属片が震えるような音がする。
誰にも聞こえない、微かなゆらぎ。

列はいつも通りで、ためらいの気配もない。
同じ動作、同じ声の高さ。
その中で、自分だけが、

どうにも現場のテンポに乗り切れていない気がする。

安全確認としての「目を見る」という行為が、
誰かにとってはただの習慣で、
誰かにとっては小さな負荷になる。
しかし、それを言葉にする人はいない。

今日も「顔色はよいか!」と声が飛ぶ。
列は揺らがず、冷えた空気だけがゆっくり流れる。

その声が胸の底に落ちるたび、
石がひとつ沈むような鈍い痛みが、静かに波紋を描く。

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