9/10/2023

祢宜島、ラーメン屋の椅子は動かない


   焼津の夜は、湿り気を帯びた風が、
街の表面をそっと撫でていた。

金曜日。仕事帰りの身体に
微熱のような疲れを残したまま、
「祢宜島(ねぎしま)」という地名に
引っ張られるように、カナキン亭本舗へ向かう。
読み方を看板で初めて知り、心の中でひとつ頷いた。

この店には2017年にも一度来ている。
焼津の現場勤めの頃、
休日出勤の昼休み、同僚に連れられて入った。
ラーメン好きの彼らに囲まれ、

社会人の作法のように、一番安い一杯を頼んだ――
その程度の記憶だけが、ぼんやりと残っている。

六年ぶり。
今度は一人で、自動ドアの前に立つ。
ラーメン屋はどこも段取りが早く、昔から少し苦手だ。

カウンターへ向かおうとした時、店員の声が飛んだ。
「何人? 券を発券してっ!」
空気がすこし裂けた。
そういえば券売機の店だった。
だが視界には見当たらない。右を見ても左を見てもなく、
壁際の陰にひっそりと佇んでいるのを、ようやく見つけた。
 
本当はプロペラ麺を押すつもりだった。
だが指先は隣のチャーシュー麺に触れ、
機械は容赦なく反応した。
訂正の手段もなく、ただ立ち尽くす。

席に腰を下ろすと、椅子はびくとも動かない。
吉野家でよく見る、逃げ場のないタイプだ。
座り直すこともできず、自然と背筋だけが正される。
「ご飯、入る?」
おばちゃんに声をかけられる。無料の白米らしい。
ラーメンに白米の組み合わせは初めてだ。
花月嵐のブタメシとは違うらしい。
せっかくなのでお願いする。

店内は空いていた。
2017年は座敷の奥に押し込まれて落ち着かなかったが、
今回は広いカウンター席。
注文してから提供までの速度も、相変わらず早い。

チャーシュー麺が届いた。器の下には受け皿。
まるで日本酒のような佇まいだ。
仕切り壁の向こうから、
おばちゃんがそっと右側に置いてくれる。
その慎ましい気遣いに、小さく胸をなで下ろす。

スープをひと口。酸味が立っている。
豚骨ばかり食べてきた舌には、初めての風だ。
麺の種類に特別なこだわりはない。
口の中で渋滞しなければ、それでいい。

胡椒を振ろうとするが、うんともすんとも言わない。
蓋の構造も分からず、あきらめてニンニクと酢を少しだけ。
酸味の強いスープに酢を足すのは、少しやりすぎだった。

帰宅してから、唐辛子入りの酢があったことに気づく。
あの赤い瓶は飾りではなかった。

プロペラ麺は辛いと聞く。
今日は汗だくになる気分でもなかったので、
誤ってチャーシュー麺を選んだのは、結果的に正解だった。
チャーシューは大きく、厚みがあり、静かな満足があった。
 
カナキン亭は他にも店舗があるが、
造りも人も違うだろう。
戸惑いを避けるためにも、
しばらくは祢宜島店に通うつもりだ。

お冷のセルフにも苦戦した。
氷がドバドバ落ちてきて焦った。
水の位置を確かめる余裕もなかった。
それでも、ラーメンは確かに美味しかった。
緊張と不器用さを抱えたまま、それでも食べ終えた。

誰も気にしていないはずなのに、
六年前の自分が、どこかでじっと
こちらを見ている気がした。

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最近やたらと


   最近、やたらと目に入ってくる。
インターネットでお金が儲かる、という話だ。

月に十万だの、二十万だの。
数字だけはやけに景気がいい。
生きると決めてしまった以上、金が必要なのは事実だから、
こちらも一応、覗いてはみる。
ただ、そのたびに首をかしげることになる。

どうやったら、そこまでの額になるのか。
肝心なところが、どこにも書かれていない。
見出しだけが先に立ち、
本文は霧の中に置き去りにされている。

思い返すと、自分が今で言うところの
ポイ活を使い始めたのは、
二〇〇五年頃だったと思う。
「ポイ活」などという言葉はまだなく、
それでも似たようなポイントサイトは、
すでにいくつもあった。
今回目にした稼げる方法の中に、
当時からある名前が、今も平然と並んでいる。

ひと月で十万、二十万。
あの仕組みで?
正直に言えば、不思議だった。
いや、不思議というより、どうにも腑に落ちない。

他にもいくつか調べてみたが、印象は変わらなかった。
方法はぼかされ、手順は語られない。
その代わり、ページの下のほうには、
紹介リンクだけが抜け目なく用意されている。

なるほど、と思う。
閲覧数とクリック数で、
書いている側は十分に“回収”できるのだろう。

それにしても、
今のインターネットはずいぶんと
「お金」や「稼ぐ」という言葉を、
ためらいなく口にする場所になった。

自分がネットを始めた頃は、
もう少し、照れのようなものがあった気がする。

昔、雑誌のインタビューで、
あるネットの先人が
「インターネットで金の話ばかりする人間に、
ろくなのはいない」
と語っていたのを覚えている。

乱暴な言い方ではあるが、
今になっても、妙に納得してしまうところがある。

動画サイトを眺めていても、
「よかったらフォローしてください」
「いいね、チャンネル登録お願いします」
という言葉が、当たり前のように流れてくる。

ホームページを更新したから見に来てほしい、
と声高に言うのも、どこか気恥ずかしい。

たぶん、自分が古い人間なのだ。
謙虚であれ、という感覚が、
体のどこかに染みついたまま、剥がれない。
だから、自己アピールが前に出過ぎた振る舞いを見ると、
つい一歩、距離を取ってしまう。

YouTubeにも、興味本位で少し触れてはみた。
動画編集というものを体験した、という程度だ。
感想を言うなら、
とにかくパソコン作業が面倒くさい。
腰にも、あまり良くなさそうな気がした。

この分野では、
おそらく自分は最後まで素人のままだろう。
それで困ることも、後悔することも、
たぶん、ない。

稼ぐ話が悪いわけではない。
ただ、そればかりが前に出てくる場所では、
自分は長く腰を落ち着けていられない。
それだけのことだ。

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9/02/2023

質のいい口パクに出会う午後

 今日は短く書く。
三十年ぶりに観た映像が、
YouTubeの片隅で、ほこりでも払うように現れた。
まさか、こんなところで拾うとは思わなかった。

ライブかと思えば、口パクだった。
けれど、不思議と噓くさくない。
当時の空気が、そのまま画面に居座っている。

それにしても、演奏の自己主張の強さが痛快だ。
特にベース。
速いというより、追いつけない。
指先が勝手に転がっていくような音。
もうリードギターの役回りに近い。

最近、ベースが再評価されているが、
こういう演奏が静かに拡散しているせいもあるのだろう。

ドラムとベースとギター。
ただそれだけで、一かたまりの音圧になる。

六十年代という、
変化が遠慮をしなかった時代を、
また思い知らされた。

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