夏の残響とビーチ・ボーイズ
ビーチ・ボーイズと聞いて、
日本のドラマを思い浮かべる人もいるだろう。
けれど、ここで話したいのは、
言うまでもなく、あの合衆国のバンドのことだ。
好きだった音楽を思い返すと、
記憶はたいてい、季節の匂いを連れてくる。
私にとってビーチ・ボーイズは、
二十代最後の夏の端に残った、かすかな残響である。
あの年の夏、西伊豆へは、
ただ海水浴場に行くためだけに車を走らせた。
その少し前には、地元・静岡の安倍川で花火大会があり、
友人の恋の成就をきっかけに集まった男女七人で、
短い季節を分け合った。
当事者でもない私の記憶にまで、
あの夏の温度はなぜか均等に残っている。
その熱の中で耳にした音楽が、
あとから静かに沁み込んできたのだと思う。
正式な出会いは、美容院だった。
鏡越しにぼんやりと聴こえてきた一曲が、
妙に気になった。
ほどなく迎えた花火の夜や海の日の記憶に、
その旋律は不思議なくらい自然に重なった。
軽やかなのに、どこか翳りを含んだメロディ。
店員に尋ねると、
「パンチで行こう」という邦題の
When I Grow Up (To Be a Man) だという。
英語の意味までは追えなかったが、
幾重にも重なるコーラスと楽器の色合いが、
胸の奥でゆっくりと響いていた。
帰り道に寄ったCDショップで、
「ザ・ビーチ・ボーイズ・トゥディ」(1965)
を手に取った。
試聴もできない時代で、
ほとんど勘だけを頼りに選んだ一枚だったが、
再生してみると、不思議なくらい外れがなかった。
とりわけ心に残ったのは、
Good to My Baby、
Don’t Hurt My Little Sister、
Please Let Me Wonder、
そして She Knows Me Too Well。
どれも、ただ雰囲気がいい。
理由を探すほどでもなく、
それで十分だった。
八月の終わりに聴くと、いっそう似合う。
最近のドライブでも、このアルバムは
いつも助手席に座っている。
難点があるとすれば、
三十分ほどで終わってしまうことくらいだ。
だから、ときどき
California Girls や Wendy を継ぎ足して、
夏の余白を少しだけ引き延ばす。
音楽を聴く環境は、
昔よりずっと便利になった。
けれど、あの夏の海の匂いと一緒に流れてきた
ビーチ・ボーイズの音だけは、
今でも変わらず、
自分のどこかで静かに鳴り続けている。
ラベル: 好きな音楽















