9/22/2021

法多山尊永寺へ


   九月十日。夏がふたたび戻ってきたような陽気だった。
去年の厄除け守りを返しに、
袋井の法多山尊永寺まで足をのばした。
 
駐車場から山門までの道のりで、すでに汗はじっとり。
多汗症の身には、早くも試練である。

正直、カメラを取り出すのも億劫だった。
だが、せっかく手に入れた道具だ。
せめて数枚は、と自分をなだめる。
平日のせいか、境内は人影がまばらだった。
運動不足の足はすぐに悲鳴をあげ、
途中のベンチに腰を下ろしながらの散策になる。

長い階段を登りきり、
本堂へ着いた頃には、汗は滝のようだった。
九月十日が、こんなにも暑くなるとは思わなかった。

お守り売り場に立ち寄る。
おみくじは、初詣で大吉を
引いているので今回はやめた。
厄除け守りを二つ選び、去年のものと入れ替える。
 
袋詰めの手順が少し変わっていて、一瞬、戸惑う。
コロナの名残なのだろうか。

参拝のあと、だんご茶屋へ。
だが厄除け団子は買わず、かき氷も見当たらない。
冷水を一杯だけ飲み、
冷房の効いた座敷で、汗が引くのを待った。

三十分ほど、そうしていた。
ようやく落ち着き、再び歩き出す。
それでも外は、まだ暑かった。

帰り際、山門近くの案内図を眺めながら思う。
法多山は、やはり好きだ。
来年はもう少し涼しい、十月に来よう。
最後に、新しく手に入れた厄除け守りを一枚。
この日を、そうして締めくくった。

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蓬莱橋、秋の午後に


   九月の半ば、久しぶりに蓬莱橋を渡った。
もっとも、その日、ここを目指していたわけではない。
最初の目的地は、大井川上流・家山のたいやきやだった。

静岡おでんと焼きそばを食べるつもりで車を走らせたが、
店は定休日で、あっけなく肩すかしをくらった。

仕方なく川を下り、国道沿いの牛丼屋に入る。
うな牛とサラダのセットを昼にした。
たい焼き屋の焼きそばは幻に終わったが、
このうな牛は思いがけず美味かった。
ボリュームのある昼食のあと、身体を持て余した。
せめて消費しなければと思い、急に蓬莱橋を
渡ることにした。秋めいた風が流れていて、
汗もほとんどかかずに往復できた。およそ三十分
食事の写真はiPhoneで撮った。
橋はオリンパスペンで撮ったのだが、
どうも白く霞んでしまい、満足のいく写りではなかった。
むしろスマートフォンの写真の方が瑞々しい。

原因はあとで分かった。ホワイトバランスのダイヤルに、
いつの間にか指が触れていて、
プラス気味に傾いていたのだ。
ノーファインダーで撮っていたため、
それに気づかないままだった。
たい焼き屋の焼きそばは、また別の日に。
そんなささやかな予定を、秋の午後に書き留めておく。

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9/21/2021

E-P7と都市の断片──素人の手に宿る光


   オリンパスのPEN E-P7を手にして、三ヶ月が過ぎた。
持ち歩く時間が増えるにつれ、細かな不満も見えてくる。
だが、それらはこのカメラとの関係を
疑うほどのものではない。
軽さと、気負わなさ。
この二つがあるだけで、
E-P7は十分に役目を果たしている。

写真のことを語れるほどの知識はない。
露出も構図も、ほとんどはカメラ任せだ。
それでも街を歩き、ふと足を止めてシャッターを切る。

その一瞬に、あとから意味が追いついてくることがある。

いまだに、ファインダー付きのPEN-Fを
思い出すことはある。
覗いて撮る、という行為への憧れも残っている。
だが、E-P7ひとつすら持て余している身だ。
今はただ、手の中の道具に慣れることのほうが先だろう。

最初に撮ったのは、静岡の繁華街に立つ
ドン・キホーテだった。
夜の光と、雑多な色が入り混じる場所。
特別な被写体ではない。ただ、そこにあった。

次に向けたレンズは、あみ焼き弁当。
牛よりも豚のほうが舌に合う。
それ以上の理由はない。
深夜の一蘭。
決して好物というわけではない。
だが、街に長く留まったあと、あの灯りに
救われる夜もある。
量のわりに値は張る。
替え玉を頼まなければ、どこか物足りない。
そんな感覚ごと、写していたのだと思う。

これらは、二〇二一年七月の記録。
コロナの制限が一時、緩んだ頃。街はまだ、どこか慎重で、
それでも少しだけ自由だった。

振り返れば、写真はどれも浅い。
考え抜かれた一枚ではない。
だが、それらは確かに、その時の街と、
立ち止まった自分の位置を写している。
 
スナップ写真は、本当はもっと学ぶべきものなのだろう。
それでも今は、素人の手に宿る、かすかな光を信じている。

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晩酌が似合わない年頃なので外で飲んできた


   今回の写真も、まん延防止や緊急事態宣言
が出る前のものだ。
場所を隠すつもりはないけれど、店主いわく
「一見さんお断り」らしい。ならば、
そこはそっと伏せておく。
そもそも、自室でひとり晩酌というのが、
どうにも板につかない。
酒に向き合うと、自分の機嫌の悪さや、甘さのようなものが
そのまま浮かび上がってしまう気がする。
だから飲むときは、外の空気に紛れたほうがいい。
振り返れば、7月はずいぶん贅沢をした。
カメラを新調し、旨いものを腹いっぱい食べた。
その反動で、今はカップ麺で帳尻を合わせている。
写真を見返すと、また外に出たくなるのだが——
懐のほうは、長雨のあとみたいに重たくて、動きが悪い。
しばらくは、おとなしくしているしかない。

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9/11/2021

ペンを持つ、そして写真を縮める


   久しぶりにブログを書こうとすると、
文章以前に、手が止まる。
どう書いていたのかよりも、
どんな順番でやっていたのかを、
身体のほうが覚えていなかった。

写真を添えようとして、思い出す。
そうだった、これでは受け付けられない。
大きすぎる、らしい。

最近のスマートフォンは、
こちらの都合などお構いなしに、
やたらと精細な記録を残してくれる。

きれいではある。
ただ、そのぶん、扱う側の手間が増える。

結局、パソコンを立ち上げて、
写真をひと回り小さくする。
一枚ならまだいい。
何枚も続くと、「書く前の準備」が、
静かに面倒へと傾いていく。

──少し遠回りをした。

七月、縁あってカメラを手に入れた。
ペン、といっても書くほうではない。
オリンパスのPENシリーズだ。

街でよく見かけるし、
若い女性に人気の型らしい。
だが、軽い。
肩がこらない。
それだけで、こちらとしては十分だった。

欠点がないわけではない。
ファインダーはなく、端子も少し古い。
けれど、不満として数え上げるほどでもない。
いずれ、ちゃんと覗ける後継機が出たら、
そのときに考えればいい。

当面は、このペンで撮る。
撮って、縮めて、載せる。
写真を少し小さくする作業も、
いまはまだ、この道具と

付き合い始めた証拠として、受け入れている。

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