6/24/2019

大江戸捜査網


   昨日の未明、耳の奥で
「大江戸捜査網」のテーマが鳴った。
夢の縁に指が触れたような、あの感じだった。

かつて、携帯電話の着メロにしていた時期がある。
音の好みを、少しだけ他人に見せたくなる年頃だった。
その旋律のせいか、祖父と縁側に並んで座る情景が
ふっと立ち上がった。

湯上がりの身体をうちわで冷ます。
祖父も同じようにゆっくり仰ぎ、
縁側の端では風鈴がひと声だけ鳴る。

平屋の田の字の家。
障子を開け放つと、夜風が畳に触れて匂いが立つ。
テレビでは桃太郎侍や遠山の金さん。
筋は単純で、悪人は必ずやられる。
子どもでも安心して座っていられる世界だった。

祖父は、ときどき戦争の話をした。
僕には半分も理解できなかったが、
その口調の奥にある沈黙だけは、
幼いながらに感じ取っていた。
あとになって知った。

祖父は空爆を逃げ、焼け跡を歩いた人だった。
縁側でうちわを動かす時間が、
どれほど柔らかいものだったかを、ようやく思う。

家にエアコンはなかった。
風と、うちわと、溶けかけのアイス。
夏はそれだけで足りていた気がする。

いまでも、不穏な空気に触れると、
あの曲が耳の奥で小さく鳴る。
安心、などという言葉より前にある、
静かな手ざわりだけが、そっと戻ってくる。

ラベル:

6/04/2019

ロンリーチャップリン──雨の記憶


   この唄を、僕は長いあいだ知らなかった。
覚えたのは、失業の季節──
ポリテクセンターに通っていた頃だ。

あの時期、なぜか人が集まった。
一次会のあと、古い飲み屋の二階へ上がり、
薄暗い部屋に、カラオケの画面だけがぽつんと浮かぶ。
そこで、この曲を聴いた。

失業者と、店のキャストが向かい合い、
互いの声を探るように重ねる。
遠慮がちなハモリが、ざわめきを吸い取って、
胸の奥で静かに響いた。
──ああ、いい曲だな。

季節は春。
桜がほころぶ頃の静岡は、雨が多い。
あの夜も、霧雨が街を薄くにじませていた。
宴のあとの通りが、ゆっくりぼやけていくような雨。

思えば、あれはまさに
「ロンリー・チャップリン」の夜だった。
晴れた空より、湿った暗がりのほうが、
この曲にはよく似合う。

あれから三年。
あの頃の仲間たちと、近いうちにまた顔を合わせる。
梅雨入りが近いと聞いた。
もし再会できるのなら、
二次会で、もう一度この曲を聴きたい。
できれば、また雨の夜に。

三年前──両替町の「鈴木雅之」と呼ばれた男がいた。
隣にいたキャストは、どこか鈴木聖美に似ていた。
ふたりの声が交わる一瞬、
僕らは、先の見えない気持ちを
そっと脇に置くことができた。
あの夜の湿り気を、いまもはっきり覚えている。
再会の夜が、どうか雨でありますように。

ラベル:

頁のはじめへ