塗装の剥げと骨壷のあいだ
腕時計を買い足した。
スタンダードのApple Watchに。
報告する相手もいないまま、
こうして報告している。
誰に向けてかは、分からない。
腕時計というものに、
もともと強い興味はなかった。
時間を知るための道具に、
装飾の意味を見出すほど、
若くもなかった。
だから、いちばん安価なモデルを選んだ。
だが、亜熱帯の日本の夏は、
時計の塗装すら剥がす。
かつて愛用していたタイメックスより、
Appleの時計は、どうにも軟弱だった。
多汗症と、糖尿病の気配。
iPhone 5のスペースグレイと同じように、
塗装が剥げる。
剥げるのは、まあいい。
だが、文字盤が曇る。
それは、少し困った。
Apple Watchは、
必要不可欠な道具ではない。
僕にとっては、
生活に寄り添うアクセサリーのようなものだ。
装飾は、身体が元気なうちは意味を持つ。
だが、横になった途端、
余計な存在にもなる。
最近は、皮膚も酒も弱くなった。
汗と体温だけで、
道具の寿命が縮む。
それでも懲りずに、また買った。
安定した肩書きもないまま、
塗装の剥げに、
気持ちが冷めるのを恐れて、
追加料金を払った。
過去の贅沢や善意が、
いまの違和感に変わる。
その変化を受け入れるには、
少しだけ、引きこもる勇気が要る。
ふざけすぎかもしれない。
でも、本音だ。
再来週からは、
汗水を洪水のように流しながら、
新たな資格取得のための訓練に励む。
加齢臭は、気にしない。
とにかく、
早く、肩書きを取り戻したい。
くらいさだめを、ふきとばせ。
ラベル: 長い文章

<< ホーム