9/19/2015

ニートかな?西野カナ──あの夜の話


   気づけば、僕はいまニートになっていた。
その事実をどこか他人事のように受け止めていたある日、
ふいに昔のことを思い出した。

──西野カナに似た女の子がいた夜のことだ。

あの頃の僕は、キャバクラという
場所に醒めた視線しか向けられなかった。
割高で、どこか嘘くさい透明な時間。
普通に女友達と居酒屋で飲むほうがよほど健全だろう、と。

それでも、友人の押し切られて初めて入った。
薄い照明と、グラスの中で氷がほどける音。
何故かそれだけがやけに記憶に残っている。

彼女は、顔立ちは整っているのに、
グラスを持つ指先だけが荒れていた。
笑うと急に明るくなるくせに、
そこだけ現実の重みが滲んでいるように見えた。

数日後、どうにも気になってひとりで店に向かった。
理由はうまく説明できない。
あの指先を、もう一度見たかっただけだ。

けれど、
「カナちゃん、辞めましたよ」
その言葉だけが、やけに乾いた音を立ててで腑に落ちた。

いまになって思うと、
彼女のあの指先には、
僕のこれから落ちていく未来の影のようなものが
すでに映っていたのかもしれない。

シルバーウィークの真ん中。
外来の待合も、スーパーのレジも静まり返っている。
今日も僕は、古い2ちゃんねるのスレを読み返している。
「非リア」「ニート」「キモい」──。
誰かが投げた単語が、
名札みたいに今の自分に貼り付いてくる。

そういえば、伊勢海老というものを
僕は、一度も食べたことがなかった。
その事実よりも、
「ああ、そういう人生だよな」
と妙に素直に受け入れてしまう自分が、
少しおかしくて、ほんの少しだけ切なかった。

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9/14/2015

牛丼屋未経験者、吉呑みへ行く──夜の吉野家で見つけた自分の席


   9月10日、木曜の真っ昼間。
24時間営業の「目利きの銀次」に、
女友達・男友達、それから僕の三人が久々に顔をそろえた。

前に会ったのは一年半前。名刺の角のように
硬く積もった時間も、
ジョッキの泡がひと息で溶かしてくれる。

静岡にも、昼から気兼ねなく
集まれる場所ができたのは喜ばしい。
ただ、モンテローザのクーポンを
使っても会計は少し高くつき、
惜しむ余韻を残して宴はお開きになった。

夕方。ひとりに戻った僕は、
浮いた気持ちを持て余すように街へ出た。
向かった先は、
夜は居酒屋へと姿を変える吉野家──「吉呑み」─。

実を言えば、僕は牛丼を一度も食べたことがない。
カウンターで俯きながら無言でかき込むあの風景に、
どこか踏み込めずにいたのだ。
すき家も松屋も同じ。
「外食のテンション」を置き去りにしている気がして。

ところが
「ホッピーがある」と聞いた途端、躊躇は霧散した。
扉は、気づけば押されていた。

品書きには肉料理がずらり。
煮込みのつゆをまとった煮玉子は、
黄身までしっとりと染みていて、ひと口で心がほぐれた。

呉服町店は禁煙で、電子マネーもWAONのみ。
その不器用な線の細さに、少し吉野家らしさを感じる。

肩の力を抜いたまま、夜の街とだけ向き合える。
そんなささやかな場所が、ここにはある。
はじめての吉野家で、僕は自分の席をひとつ拾い上げた。

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9/04/2015

塗装の剥げと骨壷のあいだ


   腕時計を買い足した。
スタンダードのApple Watchに。

報告する相手もいないまま、
こうして報告している。
誰に向けてかは、分からない。

腕時計というものに、
もともと強い興味はなかった。

時間を知るための道具に、
装飾の意味を見出すほど、
若くもなかった。
だから、いちばん安価なモデルを選んだ。

だが、亜熱帯の日本の夏は、
時計の塗装すら剥がす。

かつて愛用していたタイメックスより、
Appleの時計は、どうにも軟弱だった。

多汗症と、糖尿病の気配。
iPhone 5のスペースグレイと同じように、
塗装が剥げる。

剥げるのは、まあいい。
だが、文字盤が曇る。
それは、少し困った。

Apple Watchは、
必要不可欠な道具ではない。

僕にとっては、
生活に寄り添うアクセサリーのようなものだ。

装飾は、身体が元気なうちは意味を持つ。
だが、横になった途端、
余計な存在にもなる。

最近は、皮膚も酒も弱くなった。
汗と体温だけで、
道具の寿命が縮む。
それでも懲りずに、また買った。

安定した肩書きもないまま、
塗装の剥げに、
気持ちが冷めるのを恐れて、
追加料金を払った。

過去の贅沢や善意が、
いまの違和感に変わる。
その変化を受け入れるには、
少しだけ、引きこもる勇気が要る。

ふざけすぎかもしれない。
でも、本音だ。

再来週からは、
汗水を洪水のように流しながら、
新たな資格取得のための訓練に励む。

加齢臭は、気にしない。
とにかく、
早く、肩書きを取り戻したい。

くらいさだめを、ふきとばせ。

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