8/10/2015

腕時計をひとつ


   Apple Watchが登場して、三か月ほどが経った。
市場の熱もひと息つき、
いまでは店頭でも普通に手に入るようだ。
僕も、このタイミングで注文をした。

理由は、特別なものではない。
着信を見逃すのは仕事にも生活にも差し支えるし、
ポケットの奥で鳴るiPhoneより、
手首の上の通知のほうが確実だろうと思っただけだ。

出張が多い人ほどではないにせよ、
放浪じみた僕の生活でも、
一日の電池くらいは持つはずだ。

決め手になったのは、
家族全員がiPhoneを使うようになったことかもしれない。

もし周囲がAndroidばかりなら、
この時計は無用の長物だっただろう。

環境に強く依存する道具だという点で、
これは従来の腕時計とは、まったく性質が違う。

七年前、いち早くiPhoneを手にしたときも、
似たようなことを考えていた。

要不要を論じる前に、
試してみるほかない、という感覚だ。

新しいものは、
手にして歩き出してみないと、
価値も欠点も、なかなか見えてこない。

かつては夜の街に散らしていた金を、
いまは少し違う形で使っている。

その選択が正しいかどうかは、
まだ分からない。

ただ、刹那の昂ぶりより、
持続する関心のほうが、
いまの自分には意味がある気がした。
届いたら、淡々と使ってみるつもりだ。

未来の自分が、これをどう評価するのか。
それを確かめるのは、
楽しみでもあり、
同時に、ほんの少し怖くもある。

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