7/28/2013

フェイスブックという薄膜


   携帯が鳴る。
誰それがFacebookを始めた、という通知。

顔は知っている。
だが、友人ではない。
登録されたメールアドレスが、
勝手に関係性を生成する。

電話帳の情報が、
音もなく吸い上げられていく。
Facebookは、そういう場所だ。

足跡は残らない、と言われている。
だが、気配は残る。
来てほしくない人ほど、
なぜか頻繁に現れる。
その距離の近さが、どうにも苦手だ。

なぜ、これほどまでに疎ましく感じるのか。
非リア充だから、という理由も
たぶん少しはある。

だが、それ以上に、
軽度の監視と、
「いいね」による擬似的な承認の仕組みが、
肌に合わない。

2010年の春。
再会のための道具として使い始めた頃は、
確かに楽しかった。

だが、投稿は次第に薄まり、
写真に添えられる言葉は、
お新香のような添え物になった。

それでは、読む気も起きない。
コメントする理由も見つからない。

「ビジネス用だから」と言う人もいる。
だが、情報を投げるだけなら、
Twitterのほうがずっと素直だ。

それでも、Facebookは消さない。
懸賞に応募するためだ。

それ以上でも、それ以下でもない。
この薄い距離感が、
今の自分にはちょうどいい。

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7/27/2013

アベ花


   今年も、安倍川の向こうで花火が上がった。
地元では「アベ花」と呼ばれるその音を、
六年ぶりに、家の中で遠くから聞いた。

行かなかった。
理由はいくつか挙げられるが、
どれも決定打ではない。

人混みのあとに続く、決まった流れ。
同じ店、同じ顔、同じ会話。
酔いに任せて笑い、
翌日には何も残らない夜。
そうした様式から、今年は距離を取りたかった。

もっと現実的な話をすれば、
来月の名古屋行きを考えての節約でもある。
花火一晩分の出費を、
新幹線の切符に回した。

名古屋に、会いたい人がいる。
気楽な関係でも、未来の話でもない。
ただ、顔が好きで、
少し離れた場所から存在を確かめたい、
それだけの相手だ。

近くにある選択肢より、
わざわざ遠くを選ぶ。
合理的ではないし、
自分でも少し可笑しいと思う。
それでも、
繰り返してきた地元での接触より、
距離と時間をかけて向かう視線のほうが、
まだ誠実に思えた。

思い返せば、
六年前のこの時期も、
似たような高揚と失速を経験している。
痛い思いもした。
学んだつもりでもいた。

それでも、
同じ季節になると、
同じようなことを考えている。

遠くで花火が弾け、
低い音だけが腹に残る。
今年は、その音を聞くだけでよかった。

結局、
相変わらず懲りていない。
相変わらず、少し間の抜けた選択をする。
それでも、
この距離感でしか保てない自分がいる。

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7/26/2013

安倍川花火大会を退会する


   今年も、安倍川の夜空に花火が上がる。
地元では「アベハナ」と呼ばれるその催しは、
毎年、夏の終わりを告げる
合図のように、人を河川敷へと集める。

かつては、僕もその中にいた。
友人と待ち合わせをし、浴衣の裾を気にしながら、
屋台の灯りの下を歩いた。
その夜の様子は、だいたい決まってSNSに載せた。
人並みの夏を過ごしている、
という証明のようなものだったのかもしれない。

だが今年は、行かない。
特別な理由があるわけではない。
体調でも、忙しさでも、反抗でもない。
ただ、足が向かなかった。

誰かに見せるための夜から、静かに離れたいと思った。
写真に残さなくても、言葉を添えなくても、
過ぎていく時間は、ちゃんとそこにある。

花火の音は、きっと家まで届くだろう。
遠くで、低く、腹に響くような音。
見なくても、夏が来て、夏が終わることは分かる。

誰かの輪に入らず、
誰かの記憶にも残らず、
今年の夏を、自分のところで終わらせる。

それは主役を降りるというより、
最初から舞台に上がらない選択だ。
観客席でもなく、照明の外で、
季節が過ぎるのを見送る。

そういう夏が、一度くらいあってもいい。

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7/25/2013

模倣の果てに、静寂は訪れる──Galaxyで、林檎の夢を見る


   夜のコンビニ帰り、
ポケットの中でGalaxy SC-03Eが静かに震えた。

その端末に、iOS7風のアプリを入れてみた。
画面は白くなり、
アイコンは丸く整い、
通知は引っかかりなく流れる。
見た目だけなら、確かにそれらしい。

だが、それは
林檎の香りを再現した合成香料のようなものだった。

自由なAndroidの土壌に、
別の美学を移植する。
反抗でも、憧れでもない。
理由をつけるほどのことでもなく、
ただの気まぐれに近い。

iPhoneは、
あまりにも完成されすぎていた。
整いすぎた空間は、
誰かの設計した夢の中を歩いているようで、
偶然も、余白も、ほとんど残っていない。

一方でAndroidは、未舗装の路地だ。
設定画面の奥に潜む意味不明な選択肢、
噛み合わないアプリ同士、
ときおり起こる、理由のわからないクラッシュ。
それらは欠陥というより、
不格好な都市の地形として、
手のひらの中で息づいている。

擬似iOS化は、
その雑多さを一時的に覆う仮面にすぎない。
だが、その仮面を被せたことで、
逆にAndroidの輪郭が、はっきりと浮かび上がった。

模倣の先にあったのは完成ではなく、
自分が何を好み、
何に違和感を覚えるのかという、
静かな確認だった。

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7/15/2013

鼓動、それだけで


   「脈があると思いますか?」

二十一歳の青年がそう言った。
相手は、風俗で出会った女性だという。
唐突で、生々しくて、
それでも嘘ではなかった。
ちゃんと、生きている言葉だった。

脈?
あるよ。
君、生きてるじゃないか。

それだけで、もう十分で、
それだけでは、まだ足りない。

人付き合いは、
いつも心地いいわけじゃない。

春も夏も秋も冬も、
必ずどこかで引っかかる。

まして男女の間は、
甘くて、
甘すぎて、
ときどき苦い。

優しさは、脈じゃない。
むしろ、それは
距離が生まれる前触れだ。

それでも、
いまいましいと思う誰かがいて、
それでもどこかで
生きていたいと思えているなら、
それは脈だ。
それは鼓動だ。
それは、君の中で続いている物語だ。

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