5/29/2013

京の都とボンボン犬──28号系統に揺られて


   肩の力が抜けている、とよく言われるけれど、
ウチの柴犬に関しては、
少し抜けすぎている気もする。

悪ぶってみても、
育ちの良さが顔に滲む。
ボンボン度、隠しきれず。

お坊ちゃん犬。
京の都の出身──
というより、系統。

血統書よりも、
バス路線図のほうが
よく似合うタイプだ。

ああ、京都に行きたい。
市バスで言うなら、
28号系統。
壬生から嵐山へ。

この路線、
心の洗濯ができる。
洗濯機じゃなくて、
手洗いのほう。

川のせせらぎ。
古い瓦屋根。
そして、
柴犬の耳が、
ふと立つ気配。

僕は京都が好きだ。
意外だった?
──と、
誰に聞いているんだか。

たぶん、
スマホの画面の向こうにいる誰か。
あるいは、
足元にいる柴犬本人。

でも、彼は京都を知らない。
生まれは京でも、
育ちは静岡だ。

嵐山の風も、
壬生の路地も、
彼の足は、
まだ踏みしめていない。

それでも、ときどき、
遠くを見ている気がする。
知らないはずの風景を、
なぜか懐かしむような顔で。

京都市バス28号系統。
それは、
柴犬と僕の、
小さな移動の線。

どこにも着かないまま、
ただ揺られている。

血の記憶か、
それとも、
僕の気分か。

犬は何も語らない。
それでも、
耳だけは、
静かに風を聞いている。

ラベル:

5/27/2013

腕毛と数珠と、スパイダーの午後


   麺スパ(メンズスパイダー)の
数珠ブレス付録──

その名を耳にした瞬間、
僕の中の何かが、ざわりと動いた。

数珠なのか、
麺なのか、
スパなのか。

意味が交差しすぎて、
どこにも渡れない交差点に
ひとり立ち尽くすようなアクセサリーだ。

正直、
恐れ多くてつけられないと思っていた。

それでも、つけてみた。
勇気というほど立派なものではなく、
好奇心に、ほんの少し押されただけだ。

結果は、
後悔というより、
笑撃だった。

我が腕毛。
無駄に毛深く、
無駄に自己主張が強い。

その毛が、
数珠の玉と玉の隙間から
顔を出すたびに、
腕に何か卑猥なものを
巻きつけているような錯覚が生まれる。

宗教と欲望の境界線が、
僕の前腕で、
かすかに揺れていた。

メンズスパイダーさん、すみません。
これは完全に、
僕の腕毛の問題です。

御社のデザインに
落ち度があるわけでは、
きっとありません。

ただ、もし可能であれば、
もう少しだけ、
毛に優しい設計というものを
ご検討いただけると、
僕のような毛深い民にも、
救いが訪れるかもしれません。

それにしても、
数珠ブレスをつけた瞬間、
なぜか自分が
「何かを悟った男」
みたいな顔になるのが不思議だった。

悟っていないのに。
何ひとつ、
わかっていないのに。

悟ったふりをする腕毛だけが、
やけに落ち着いている。

都市の午後。
コンビニのレジ前。

僕は、
何事もなかったかのように、
静かに数珠を外した。

そして思う。

この数珠、
麺スパって言うけれど、
本当にスパイシーだったのは、
僕の腕毛のほうだったのかもしれない。

ラベル:

5/22/2013

かぶき者の占い、都市の煙──名古屋行きは未定のまま


   明日のお昼まで無料──
そう聞いた瞬間、反射的に指が動いていた。

「戦後武将占い」─。

名前からして、すでに癖が強い。
歴女との雑談にでも使えそうなアプリだが、
僕はどちらかといえば、
史料を読み込むタイプより、
歴史を肴に笑うほうが好きな人間だ。

正確さよりも艶。
考証よりも、その場の匂い。

香炉の煙が、言葉の合間を漂うような、
そんな会話に落ち着きを覚える。

──で、土曜日。

もしかしたら、
また名古屋へ電撃的に向かうかもしれない。
理由はない。
あるのは、衝動だけだ。

財布の中身も、予定表の余白も、
とても旅立ちを肯定してくれる状態ではない。
それでも、行くかもしれない。

そういう男だったはずだ、前田慶次。
いや、ロクデナシというほど単純でもない。
少なくとも、退屈とは無縁だった。

占い結果は、「かぶき者・前田慶次」─。

──あなたは、自由を愛する都市の漂流者。
楽しさを求める本能に忠実で、
人との距離感に、ひそやかな敏感さを持つ。

──協調よりも静かな孤独を選び、
喧騒よりも、香り立つ余白に惹かれる。

──時に衝動的、時に無軌道。
しかしそれは、都市の構造に
身を預けきらないための、小さな美学の表れ。

──あなたの「かぶき」は、
誰かを驚かせるためのものではなく、
自分の輪郭を守るための、静かな舞。

……あまり当たっている気はしない。

自由奔放。楽しいことが好きで、
煩わしい空気からは、わりとすぐに距離を取る。

気まぐれで、金遣いは荒く、
後先を考えない夜も少なくない。

ロクデナシの見本帳みたいな男だ。

よろしく。
……いや、よろしくないに決まっている。

名古屋の夜。
遊女の幻影。
そして、戦後武将占いの画面を、黙って見つめる僕。

この土曜日も、
たぶん、まともには終わらない。

それでいい。

──よくないよ。

と、どこからか、
外野の声が飛んでくる。

煙はまだ、消えない。

ラベル:

5/19/2013

感情のカフェイン──Twitterという都市の交差点


   いま、僕はTwitterという都市の片隅に立っている。
速報性に富んだニュースが流れ、軽い冗談が飛び交う。

ときどき、不意に涙腺に触れる言葉が混じる。
ここには、感情のあらゆる層を一気に
目覚めさせる力がある。

それは、カフェイン飲料に似ている。
日常の中に、鋭い覚醒を差し込んでくる感覚だ。

この都市の散策は、基本的に誰にでも開かれている。
ただし、入口の選び方だけは、
少し慎重になったほうがいい。
公式アプリは便利ではあるが、どこか動きが重たい。
都市の輪郭を眺めるには、やや不器用に感じる。

別の窓口を選ぶと、風景は驚くほど軽くなる。
Androidならtwicca。iOSならTweetbot。
どちらも、感情の流れを無理に遮らず、
この都市のざわめきを、自然な速度で拾ってくれる。
道具が変わるだけで、同じ場所の印象は大きく変わる。

Twitterは、間違いなく騒がしい場所だ。
だが、適切な距離と視点さえ保てば、
その騒音は心地よい刺激に変わる。

過剰に飲めば胃が荒れるが、適量なら目は冴える。
カフェインとは、そういうものだ。

僕は今日も、
少しだけ覚醒した状態で、この都市の交差点に立っている。

ラベル:

5/13/2013

掌の都市──Android端末と夜の操作感


   久しぶりに、Galaxyを触った。

指先が都市の構造をなぞるように、
設定画面を滑り、通知を払い、
いくつかのアプリを入れ替える。

Androidの自由度は、裏路地に似ている。
表通りではないが、雑然とした選択肢が続き、
それぞれがきちんと行き先を持っている。

一枚の写真を見返して、
BlackBerryの面影を思い出した。

物理キーの感触。
通信のための道具としての潔さ。
その名残が、今の端末にもかすかに残っている。

日本語入力を変えてみた。
軽く、応答が速く、
指の動きに無理がない。

気まぐれな選択だったが、
思いのほか、しっくりきた。

だが、それは模倣ではない。
どこかで見覚えのある滑らかさがあり、
それでいて別の手触りがあった。

別の都市の区画に、
静かに足を踏み入れたような感覚。
掌の中で、静かに都市が息づく。

通知音も振動も、
すべてが構造の一部として、収まっている。

ラベル:

5/11/2013

ウェブ日記……書かない人、増えたなぁ


   某SNSを眺めていて、
そんなことを思った。

みんな、つぶやきばかりだ。
短くて、オチもなくて、
その代わりを
コメント欄で友人が補っている。

その会話のキャッチボールで
塗りつぶされた光景は、
今日の、僕の住む街の天気と
よく似ている。
どんよりとして、
なんとなく物憂い。

どこかのまとめによると、
長文を書く人間は
「イタい」らしい。

そういえば、
六年ほど前。
珍しく、現実世界でも
男女問わず人と関わり、
SNSらしいことをしていた頃は、
みんな日記を書いていた。

その頃、
僕の日記は決まって言われた。

「長い」

ずいぶん雑な扱いだと、
当時は腹を立てたものだ。

でも今となっては、
オチも余白もなくなった
今のSNSに比べれば、
あの頃の文句さえ
どこか懐かしい。

今日は通院のため、
傘を片手に、
過疎化の進む静岡の街を
三時間ほど歩いた。

雨は容赦なく、
防水スプレーをかけた
黒いスニーカーも、
結局は役に立たず、
靴下までぐしょぐしょだ。

不快だった。
足元だけでなく、
身体ぜんぶが。

ネットだけでなく、
街にも、どうやら居場所はない。

そう思いながらも、
生きようとする力は
まだ残っているらしい。

二週間後には、
消化器系の精密検査が待っている。

……というわけで、
久しぶりに
世界まる見え日記を書いてみた。

オチはない。

まあ、
そんなものだ。

ラベル:

5/05/2013

女々しい話


   名古屋へ行った。
理由は、まあ、そういうことだ。

風俗放浪記、などと書くと
いかにも威勢がよさそうだが、
実際のところ、ここ一年、
僕は女とほとんど縁がなかった。

欲はもう霧のように散って、
手を伸ばしても、
指先には何も残らない。

今回は、名古屋に通い慣れた友人と一緒だ。
彼は、少し前までの僕にそっくりで、
迷いがなく、
行動がいちいち早い。

名駅から地下鉄に乗り、
降りた途端、彼はコンビニに吸い込まれた。
トイレかと思ったが違う。
書籍コーナーで、
決して安くはない情報誌を迷いなく手に取る。

誌面の中の女たちを、
彼は異様なほど真剣な目で見ていた。

やがて、
バッグからバックナンバーが出てくる。
「これを見て決めろ」
という無言の圧だ。
その必死さに、
僕は思わず目を逸らした。

ありがたいような、
面倒くさいような、
そんな気分でページをめくる。

だが、
どれだけ整った顔や、
露骨なポーズが並んでいても、
心は動かない。

虚しさだけが、
じわじわと増えていく。

昼は、彼の案内で中華料理屋に入った。
安くて、それなりにうまい。
ビールを飲み、
料理を分け合い、
とりあえず腹を満たす。

そのあと、
いくつか店を回った。

短い滞在もあれば、
少し腰を落ち着けた場所もあった。
値段は、正直、安くはない。

ある店では、
やけに明るく、
女たちも若く、
ここだけは、
ほんの一瞬、悪くなかった。

ただし、
それ以上でも、それ以下でもない。

最後に入った店は、
異様に暗かった。
目が慣れるまでに時間がかかり、
どうにも落ち着かない。

なぜこんなに暗いのか、
理由を考えたが、
途中でやめた。

考えるまでもないことだ。

店員の態度も気に障り、
延長する友人の横で、
僕はただ、
早く終わってくれと願っていた。

金を払って、
疲れるだけだった。

名古屋まで来て、
何をしているんだろう、
という気分になる。

楽しめなかったわけではない。
ただ、満たされたとも言えない。

帰り道、
続きを書こうと思ったが、
神経がすり減っていて、
どうにも、もう、
言葉を足す気にならなかった。

書くのが、
急に、
馬鹿馬鹿しくなった。

たぶん、
それが、
今の正直なところだ。

ラベル:

5/04/2013

名古屋へ


   2011年9月18日以来、
久しぶりに
愛知県名古屋市へ行った。
昨日のことだ。

この不景気に、
少しぜいたくをして、
新幹線を使った。
無理に報告するとすれば、
それくらいだ。

あとは、
名古屋に着いてすぐの昼食。

たまたま入った、
名刺ほどの看板しかない
中華料理屋が、
値段は安く、
奇跡的にうまく、
しかも、
熱心に食べることができた。

報告するなら、
それだけだ。

なぜなら、
僕は中華料理が
苦手だから。

ラベル:

頁のはじめへ