重たいiPadと、言葉の重み ──「みつをメーカー」で遊ぶ中高年の流儀
顔文字と絵文字が、必要以上に明るい調子で飛び交う。
タイムラインを眺めていると、
言葉より先に感情が押し寄せてくる。
便利だし、悪気もない。
ただ、使いすぎると、自己主張の熱だけが残って、
読後に少し疲れることがある。
とくに中高年がそれを多用していると、
若さへの焦りや、承認欲求の残響が、
意図せず滲み出てしまうことがある。
そんな折に見つけたのが、
iOSの「みつをメーカー」だった。
短い言葉を、相田みつを風に整えてくれる。
スタンプ代わりにもなるし、
冗談とも本気とも取られかねない一文を、
少しだけ穏やかに着地させてくれる。
僕はあえて、軽いiPhoneではなく、
重たいiPadでそれを使った。
画面が広い分、
言葉の配置や余白が目に入る。
文字の位置を少し動かすだけで、
意味の重心が変わるのが分かる。
重さは、作業の手応えでもある。
軽さではなく、重みを選ぶ。
それは、言葉に対する態度の問題だと思った。
このアプリは、
若い人のように言葉を「盛る」ためのものではない。
誰かに響かせるためでも、
反応を稼ぐためでもない。
自分の中で、言葉を一度整えるための道具だ。
中高年には、もう「映える」必要はない。
誰にも届かなくてもいい言葉を、
静かに、確かに、画面に置く。
それだけで、
十分に手応えのある遊びになる。
──以上、もう中高年より。
ラベル: 日記

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