3/13/2013

マシュマロの距離


「苦しむことに恋をする意味って、あると思う?」

そんな少し気取った問いを口にしたのは、
年上の彼女との三回目か四回目のデートだった。
十日ぶりの再会で、
場所は東名高速の近く、
田んぼの真ん中にぽつんと立つ居酒屋。

外観だけ見れば、強気すぎるほど堂々としていたが、
中に入ると、その自信は伊達ではなかった。
店内は満員で、
雑多で、騒がしく、活気のある空間が広がっていた。

彼女と横並びに座るのは、その日が初めてだった。
肩が触れ、太ももがデニム越しに当たる。
距離の近さに、むず痒い感覚が湧く。
それをごまかすように、言葉が先に出た。

「苦しむことに、恋をする意義ってあると思う?」

彼女は少しも考え込まずに答えた。
「なんで?
恋は楽しむためにあるんじゃん」

その瞬間、自分の中の何かが、すっと引いた。
価値観の違いなのか、相性の問題なのか、
今でもはっきりとは分からない。
ただ、あの密着した距離の中で、
踏み込むより、退くほうを選んだ自分がいた。

二次会は、なし。
後日、「蕎麦でもどう?」という連絡が来たけれど、
返事はしなかった。

ちなみに、あの居酒屋は数年後に潰れて、
今はラーメン屋になっている。
昔なら、その前を通るたびに、
あれこれ思い出していたと思う。
でも今は、
「まあ、そんなこともあったな」で終わる。

明日はホワイトデーだ。
何を返すか、少しだけ迷った。
クッキーなら、無難だ。
友達としての距離も、分かりやすい。

けれど、あの夜のことを思い出すと、
手元にはマシュマロが残った。
やわらかくて、曖昧で、
でも、ちゃんと距離のあるもの。

優しさのようでいて、
意思表示でもある。

今の自分には、
それくらいが、ちょうどいい。

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