2/24/2013

電話が苦手で、街が遠のいた


   電話をかけるのが、昔から苦手だった。
番号を押し、呼び出し音を待つ
あいだの宙づりの時間に、
身体だけが先に構えてしまう。

用件は単純でも、
相手が出るかどうか分からないまま
待つ感覚が落ち着かない。
だから、手続きの要ることは、
たいてい後回しになった。

面倒なのではない。ただ、腰が上がらなかった。
行けば済むと分かっていても、
そこまでの段取りが、妙に重く感じられた。

人との関係も、似たようなものだったと思う。
続くかどうか分からない曖昧さや、
空気を読む往復が苦手で、
始まりと終わりがはっきりしているほうが、まだ楽だった。

それは割り切りというより、
当時の自分なりの防衛だったのだろう。
深く踏み込まず、期待を持たず、
あとに何も残さないようにする。
そうしておけば、疲れずに済むと思っていた。

静岡の街は、いつの間にか様子が変わった。
というより、変わったのは街か、自分か、
今ではよく分からない。

かつて当たり前にあった店が消え、
理由のはっきりしない空白が増える。
賑やかさは残っているのに、
そこに身を置いても、こちら側に返ってくるものが少ない。

面白くなくなった、と言ってしまえば簡単だが、
正確には、街が自分を映さなくなった、という感覚だった。
鏡の前に立っても、
焦点が合わず、ただ人の流れだけが過ぎていく。

それでも生活は続く。
気づけば、苦手なことをひとつずつ避ける癖だけが、
静かに身についていた。

今なら、少しだけ分かる。
あの頃の自分は、
何かを強く求めていたわけではない。
どうやって一日を無事に終えるか、
その手触りを探していただけなのだと思う。

電話をかけるのが苦手だったことも、
街から足が遠のいたことも、
多分、同じ線の上にあった。

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