1/29/2013

初代iMacの衝撃


   1998年、初代iMacが登場した。
あれは確かに、衝撃だった。

筐体の色やスケルトンデザインが話題になったが、
自分にとっての衝撃は、見た目の問題ではない。
あれは、人生の向きが、
ほんのわずかにずれた瞬間だった。

それまで使っていたのはPC-9801。
戦国シミュレーションや、
アリスやエルフのゲームに没頭し、
日本独自の規格が、まだ当たり前の
ように存在していた時代だ。

その後、IBM互換機に移り、Windows 95を使い始めた。
性能に不満はなかったが、
どこか無骨で、感情の入り込む隙はあまりなかった。

iMacは、そこに違う空気を持ち込んできた。
最初から入っていた、ポストペットというメールソフト。

メッセージを運ぶキャラクターの存在が、
通信を単なる機能ではなく、
時間を伴う行為に変えていた。

返事はすぐには来ない。
待つ時間があり、そのあいだに想像が入り込む。
今思えば、その遅さこそが、
当時のネットの温度だったのだと思う。

メールは、言葉だけのやり取りだった。
通知もなく、位置情報もなく、
反応の速さを競うような空気もない。
それでも、文字のやり取りだけで、
人と人の距離が、確かに縮まる感覚があった。

光の粒にすぎないテキストが、
誰かの気持ちを動かす。
そんなことが、特別ではなく、
日常の中で起きていた。

すべてが叶うわけではない。
近づいた距離もあれば、
最後まで埋まらなかった距離もあった。
それでも、その不確かさ込みで、
ネットはまだ、どこか牧歌的だった。

当時、パソコンは「孤独な道具」
だと思われていた節がある。
けれど、画面の向こうには確かに人がいて、
その存在を、時間をかけて感じ取ることができた。

今のSNSと比べると、
ポストペットの歩みは、驚くほど遅い。
だが、その遅さが、
やり取りを軽くしすぎなかったのも事実だ。
こうして、今も文章を書いている自分がいる。

その理由を、ひとつに絞ることはできないけれど、
あの青い筐体が残した余韻が、
どこかでまだ続いている気はしている。

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