1/16/2013

僕の手から遠ざかる──AQUOS PHONE ZETA SH-02Eと国産スマホの予感


   AQUOS PHONE ZETA SH-02E
を使い始めて、まず感じたのは、
電池の持ちの良さだった。特別な設定をしなくても、
一日きちんと動いてくれる。

それだけで、道具としての信頼感が生まれる。
国産のスマートフォンが、まだ現場に立っている。
その事実を、素直にうれしく思った。

僕は、国産に頑張ってほしいと思っている。
愛国心のような大げさなものではない。
日常で使う道具として、選択肢が残っていてほしい、
という切実な願いだ。

ただ、気になる点もある。
Androidのバージョンは4.2ではなく、4.0のまま。
致命的というほどではないが、時代の流れに、
半歩だけ遅れているような感覚は拭えない。

そして、何より気になったのが、バッテリーが
取り外せないという仕様だった。

僕にとってスマートフォンは、密閉された完成品ではない。
使い込まれ、ときには電池を交換し、
手を入れながら延命させていく道具だと思っている。

バッテリーが取り外せないというのは、
使い手の手から、道具の一部が静かに
遠ざかっていくような感覚に近い。

この時点では、まだそれが「当たり前」ではない。
だが、いずれそういう流れが
主流になるのかもしれない、という予感はある。
もしそうなってしまったら、少し寂しい。
交換できるバッテリーは、僕に
とって呼吸のような存在だった。

それが失われたとき、
端末は「使い続ける道具」ではなく、
「消費される箱」に近づいてしまう気がする。
それは、設計の良し悪しというより、距離の問題だ。
使い手が手を入れられる余地があるかどうか。
その余白があるかぎり、
道具との関係は、もう少しだけ長く続いていける。

今のところ、僕はまだ、
その余白に手を伸ばしたいと思っている。

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