12/26/2012

都市的断章──皿の上の時間


   これは、少し特別な味だ。

値は張る。
だから、買うのは、たまの贅沢。
静岡では、僕の知る限り、
アピタでしか見かけない。
つまり、そこにしか、ない。

食事の速度について、
ときどき考える。

吉野家や、支那そば屋。
昼どきのカウンターに並ぶ男たち。
あまりにも早い。

仕事中なら、まだ分かる。
でも、そうでないなら、
あの慌ただしさは、
どこへ向かっているのだろう。

噛む。
味を探す。
顎を使う。
そうしているうちに、
時間は、少しだけ伸びる。

長居をするなら、
それなりの礼儀も必要だ。
追加で何かを頼む。
ほんの小さな、店への挨拶。

僕はどうも、
日本の「急ぐ昼食」と、
相性がよくない。

だから、女性とサイゼリヤに行く。
チェーン店でも、
注文は忘れない。
そして、よくしゃべる。
だいたい、八時間くらい。

ひとりの休日も、
食事には時間をかける。
昼も、夜も。

それは、
イタリア人の食卓というより、
ただの、静かな共存だ。
孤独ではなく、
誰にも邪魔されない時間。

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