12/30/2012

テレキャスターと歌謡曲の狭間で


   ゴールデン・カップスの音楽を聴くと、
いつも少しだけ居心地が悪い。

洋楽の顔をしているのに、
決定的なところで日本語が滲む。

ロックのフォームを借りながら、
歌謡曲の体温を捨てきれていない。
その中途半端さが、どうにも気になる。

ギターの音は乾いていて、
都会的で、どこか無愛想だ。

それなのに、歌が入った瞬間、
急に湿度が上がる。

感情が、説明される前に、伝わってくる。
これは輸入音楽ではない。

たぶん彼らは
「洋楽になりたかった」のではなく、
「洋楽の距離感で、日本の歌をやりたかった」のだと思う。

だから、歌謡曲を歌うときのほうが、
逆に正体がはっきりする。
無理に感情を盛り上げない。

泣かせにも来ない。
それでも、ちゃんと寂しい。

その感じが、
深夜の横浜や、使い古されたバーのカウンターと
妙に相性がいい。

ゴールデン・カップスは、
完成された物語ではない。
むしろ、
「なりきれなかったもの」の集合体だ。

でも、その未完成さこそが、
都市の音楽として、
今も耳に残り続けている理由なのだと思う。

ラベル:

独り忘年会 ──イミテーション・ブラディーマリー


   独り忘年会。
ブラディーマリー風の自作カクテルを飲む。

焼酎を、トマトジュースで割る。

横文字文化的に言えば、
イミテーション・ブラディーマリー。

ほとんど血まみれメアリーの構成要素が揃っているのに、
アルコールだけは、ウォッカにしない。

焼酎にする。
味が少しずれる。

それでも、飲み口は悪くない。
グラスは、静かに空いていく。

翌朝は早い。
特別な予定はない。

新聞の三面記事に載るような人生だけは、
選ばずに済ませたい。
そのための分量を、守る。

年末になると、
インターネットの音は少し薄くなる。

こういう夜にひとりでいると、
パソコン通信のころの空気を、
かすかに思い出す。

誰にも呼ばれず、
誰にも呼びかけず、
画面の前に座っていた時間。

その感じに、少しだけ近い。

ラベル:

12/29/2012

予備バッテリーという現実


   便利すぎる、という言葉は、たいてい信用していない。
だが、たまに例外がある。

外付けの充電器を使いはじめて、思った。
これは、実用だ、と。

自分の端末だけでなく、他の電話機の
バッテリーにも使える。
ポイント消化で、実質ゼロ円。
値段よりも、「これで困らなくなる」
という感覚のほうが大きかった。

それでも結局、ドコモショップで
純正の予備バッテリーも買った。
迷いはなかった。

Galaxy SⅢ αは、バッテリーが外せる。
この一点だけで、iPhoneより現実的だと思う瞬間がある。
綺麗にまとまっているより、
途中で息継ぎができるほうがいい。

クアッドコアとLTEは、正直に言って電池を食う。
性能と引き換えに、時間を差し出す設計だ。
だから二個持ちになる。
不格好かもしれないが、合理的ではある。

残量を気にしながら使うより、
「もう一つある」と思えるほうが、精神的に楽だ。

完成度の高い端末ほど、壊れ方も一通りだ。
その点、バッテリーを交換できるというのは、
小さな自由の余地だと思っている。

派手な話ではない。
ただ、道具としては、正しい選択だった。

電池切れで考えが途切れることが、
少し減った。
それだけで、今のところは十分だ。

ラベル:

12/26/2012

アテローマの休日


   右の肩甲骨のあたりに、
いつの間にか腫れものができていた。
痛みはない。
ただ、たまに人に見つかって、
「それ、なに?」と聞かれる。

粉瘤腫。
アテローマとも呼ばれる、
良性の腫瘍らしい。
長く放っておくと、
まれに厄介なことになる、と医者は言った。

その頃の夏は、とにかく暑かった。
節電だなんだと言われていたが、
部屋の中は蒸し風呂みたいで、
エアコンの風も、頼りなかった。

僕はほとんど裸で暮らしていた。
ブリーフ一枚で、
家の中をうろうろしていた。
誰に見せるわけでもない体だ。

静岡の夏は、
もう南の島と大差ないんじゃないかと思う。
去年も、たぶん一昨年も、
同じことを考えていた。

その腫れに気づいたのは、
女友達だった。
「なんか、できてるよ」
自分では、ニキビみたいなものだと
勝手に決めていた。

当時の僕は、
それなりに自分の体を見ていた。
鏡の前に立って、
増えてきたシミや、
消えない痕を眺めていた。
だから、最初からあったとは思えない。

結局、それを三年放置した。
少しずつ大きくなって、
目立つようになり、
「病院に行きなよ」と言われる回数も増えた。

年末、
空気がやけに乾いて感じた日に、
ようやく皮膚科に行った。
気軽に、とはいかなかった。

診察室で、
医者はあっさり言った。
「取ったほうがいいね」

良性だとは言う。
ただし、切って、
調べてみないと、
はっきりしたことは分からない。

実は、これが初めてじゃない。
体の奥に、
時々こういうものができる。
もう慣れた、とは言えないが、
驚きもしなくなった。

自分では気づかないことを、
他人は案外、よく見ている。
僕は今日も、
暑さに負けて、
薄着のまま季節をやり過ごしている。

それが今のところ、
僕なりの
体との付き合い方らしい。

ラベル:

都市的断章──皿の上の時間


   これは、少し特別な味だ。

値は張る。
だから、買うのは、たまの贅沢。
静岡では、僕の知る限り、
アピタでしか見かけない。
つまり、そこにしか、ない。

食事の速度について、
ときどき考える。

吉野家や、支那そば屋。
昼どきのカウンターに並ぶ男たち。
あまりにも早い。

仕事中なら、まだ分かる。
でも、そうでないなら、
あの慌ただしさは、
どこへ向かっているのだろう。

噛む。
味を探す。
顎を使う。
そうしているうちに、
時間は、少しだけ伸びる。

長居をするなら、
それなりの礼儀も必要だ。
追加で何かを頼む。
ほんの小さな、店への挨拶。

僕はどうも、
日本の「急ぐ昼食」と、
相性がよくない。

だから、女性とサイゼリヤに行く。
チェーン店でも、
注文は忘れない。
そして、よくしゃべる。
だいたい、八時間くらい。

ひとりの休日も、
食事には時間をかける。
昼も、夜も。

それは、
イタリア人の食卓というより、
ただの、静かな共存だ。
孤独ではなく、
誰にも邪魔されない時間。

ラベル:

12/23/2012

ネットに疲れた夜、浅田飴の優しさを思う


   Facebookも、iPhoneも、
なんだかもう、ダメだなと思った。

ニュースも、タイムラインも、
どこもかしこも騒がしい。

もうネットはダメだ。
やっぱり、浅田飴しか癒してくれない。

……と思ったけれど、
のどは別に、痛くないんだ。

ラベル:

12/17/2012

賢い女性ほど、心を遣う男を選ぶ


   無害そうに見えて、実は厄介なものがある。
声を荒らげない偏見ほど、扱いに困る。

外回りの車内で、ラジオを流していた。
街の雑踏に溶けるような調子で、語りは続く。
その中に、夜の仕事をする女性に向けた、
何気ない言葉が混じった。

強い調子ではなかった。
だからこそ、引っかかった。
軽口のようでいて、切っ先だけは鋭い。
偏見というのは、だいたいそういう顔をしている。

「そういう人たちが多いから仕方ない」
世の中には、便利な言い回しがある。
説明にも、免罪符にもなる。

誰もが参加できる場所では、
誰もが誰かを値踏みしている。
裁く側と裁かれる側は、日替わりで入れ替わる。
騙すとか、騙されるとか。
愛ですら、いつの間にか取引の言葉で語られる。

そんな話の流れの中で、
ある女性が、淡々と言った。
金ではない。
心を遣ってくれる男に惹かれるのだ、と。

意外でも、感動的でもなかった。
むしろ、当たり前すぎて、少し安心した。

賢い女性ほど、
条件よりも、態度を見る。
肩書きよりも、言葉の使い方を見る。

大げさな優しさではない。
沈黙の扱い方や、距離の取り方。
そういう細部に、目が行く。

その事実に、声高な結論は要らない。
ただ一票を、心の中で入れるだけでいい。

賢い女性ほど、
金ではなく、
心を遣う男を、選ぶ。

それだけの話だ。

ラベル:

GreenPower free battery saver


   このアプリを入れたら、
嘘みたいに、Androidの電池がもつようになった。

ようやく、
「実用品」と呼べる範囲に収まった気がする。

無料なので、
Androidユーザなら、
一度試してみてもいいと思う。

もっとも、
相変わらず癖は強い。

でも、その手のかかり方が、
どこか懐かしい。

CONFIG.SYSとAUTOEXEC.BATをいじり倒して、
ようやく一本のゲームを立ち上げた、
あの頃のMS-DOSに似ている。

面倒だった。
でも、起動した瞬間は、
少し感動した。

意味不明かもしれない。
けれど、
便利になりすぎた今より、
手間のぶんだけ、
記憶に残る時間だった気もする。

本当に、
世の中は便利になった。

なりすぎたのかもしれない、
と、思うこともある。

ラベル:

12/11/2012

妥当!iPhone 5


   自分専用のAndroidを使い始めて、あらためて思う。
やはり、iPhoneはよくできている。

迷わない。
設定に振り回されない。
バッテリーも、特に意識しなくても一日は持つ。

Androidを触っていると、その差がはっきり分かる。
速いし、自由だし、触っていて面白い。
ただし――バッテリーは、驚くほど減る。

対策はあるらしい。
設定を詰め、アプリを選び、挙動を監視する。
いまは、その実験をしている最中だ。

正直、少し疲れた。

それでも不思議に思う。
ここまで手をかけなければならない端末が、
なぜ、これほど使われているのか。

自由という言葉の裏には、
管理と責任が、必ずセットでついてくる。
Androidは、そのことを使い手に要求してくる。

一方で、iPhoneは違う。
何もしなくても、それなりに成立してしまう。
それが「妥当」という言葉の正体なのだと思う。

明日から、iPhone 5はLTEのフラット運用になる。
モバイルWi-Fiルーターを持ち歩かなくて済む。
それだけで、少し未来が軽くなる。

結局のところ、
iPhoneはすごいから選ばれているのではない。
面倒を引き受けなくていい、という一点で、
圧倒的に強いのだ。

そう考えると、
「妥当」という評価は、
最大級の賛辞なのかもしれない。

ラベル:

12/08/2012

打倒!iPhone5


   「打倒!」と書いたものの、iPhone 5が
嫌いなわけではない。
むしろ、初めてのスマートフォンとしては、
今でも妥当な選択だと思っている。
迷わず使えるし、考えなくても破綻しない。
その完成度は、誰にとっても親切だ。

Androidは、触ることそのものを楽しめる人で
なければ、少し面倒だろう。
設定も選択肢も多い。その分、使い手の性格が露骨に出る。

そんなことを分かったうえで、あえてGalaxyを選んだ。
素材はプラスチック。正直に言えば、
質感も見た目も洗練されているとは言いがたい。

Macを使ってきた身としては、
「ダサい」という評価に、うなずいてしまう部分もある。

だが、触ってみると印象は変わる。
とにかく、速い。
Android 4.1.1は、以前使っていた2.3とは別物だ。
マルチウィンドウの実用性や、ウィジェットの自由度は、
確かにAndroidの持ち味で、
操作しているという感覚が残る。

この操作感に触れていると、
iOSの完成度とは別の場所で、
Androidが進化していることが分かる。
完成されていない、というより、まだ伸び代がある。
その違いだ。

キャリアは相変わらずdocomoを使っている。
二十年近い契約を解約する決断は、
さすがにできなかった。
割引を含めて考えれば、現実的な選択でもある。

FeliCaが使えるので、久しぶりにモバイルSuicaも入れた。
あれは、やはり便利だ。
ワンセグについては、今のところ必要性を感じていないが。

iPhoneが悪いわけではない。
ただ、少しだけ、別の道を歩いてみたくなった。

「打倒!」という言葉ほど、大げさな話ではない。
これは勝ち負けの話ではなく、好奇心に近い。

強いて言えば――
完成品から、まだ手触りの残る道具へ。
その一歩を、試してみただけだ。

ラベル:

12/06/2012

永久縛りはやだな


   眠れない夜に、理由を探すほど真面目ではない。
身体は横になっているが、頭はまだ立っている。

スマートフォンが光っている。
用事はない。ただ、光がある。

SNSには言葉が流れている。
主張でも告白でもない。呼吸に近い短文。

僕も、いくつか打つ。

電話で会話は苦手。ケータイのリアル着信は面倒だ。
パソコンに送ってほしい。

5分以内の返信を求める人は、少し落ち着いたほうがいい。

間髪入れない連続着信には、居留守を使う。

どれも強い言葉だが、攻撃したいわけではない。
距離を測っているだけだ。

自由でいたい。本気で。
期間限定ならいい。2年縛りなら我慢する。
永久縛りは、やだな。

冗談の体裁だが、繰り返している時点で、わりと本音だ。

モテたことはない。その代わり、腰痛と肩凝りは現役。
気まずいのは苦手だ。

だからパチンコ。ただし元手なし。

画面に並んだ自分の言葉を見て、少しだけ笑う。
よくできた文章ではない。だが、嘘もない。

自由でいるというのは、完全に一人でいることとは違う。
縛られたくないが、消えていたくもない。

愛されたい、とは思っていない。
ただ、存在がゼロになるのは、少し困る。

白い画面を見すぎて、目の奥が重い。
老眼とか、白内障とか、現実的な単語が浮かぶ。

それでも、結論は変わらない。
永久縛りは、やだな。

スマートフォンを伏せる。
この夜に意味はない。だが、無意味でも構わない。

それで、今のところは足りている。

ラベル:

頁のはじめへ