外側がうるさい時代に
最近、やけに外側だけが騒がしい人が増えた気がする。
本人に自覚はないのだろうが、
濃い化粧と同じで、
キャラクターの主張がやたらと前に出る。
当然、それはネット上の振る舞いにも表れる。
声が大きく、身振りも早い。
流行には敏感だが、
どこか手触りが浅い。
見ていると、少し疲れる。
嫌いというほどの感情でもない。
ただ、距離を取りたくなるだけだ。
一方で、まったく別の人もいる。
普段は控えめで、目立とうとしない。
写真も言葉も、
必要なときにだけ、そっと差し出す。
たとえば、
季節が変わる頃にだけ、顔写真を更新する。
過剰な加工はせず、
どこか自分を引いた位置から見ている。
刹那的で、少し自虐的で、
それがかえって正直に見える。
そういう人は、
だいたい素顔も整っている。
外見というより、
距離感がきれいなのだ。
誰かを縛ろうとしないし、
自分が縛られることにも敏感だ。
自由を振りかざすのではなく、
自由であることの重さを知っている。
結局のところ、
人に惹かれるかどうかは、
派手さではなく、
余白の扱い方なのだと思う。
話は変わるが、
先日、山陰線で写真を一枚撮った。
列車を待つ時間、
ふと、鉄道を撮る人の気持ちが
分かった気がした。
いい場所だった。
いい空気だった。
関西はいい。
名前がどうであれ、
軽くて、静かで、
ちゃんと距離を保てる道具であれば、それでいい。
外側がうるさい時代だからこそ、
静かなものに、
つい目が行く。
それだけの話だ。
ラベル: お散歩写真機

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