11/26/2012

安心保証パックをやめた日


   通信費を節約しようとして、
モバイルWi-Fiルーター経由でiPhoneを使う。

理屈としては分かる。
だが、実際にはどうにも面倒だった。

持ち物は増える。
接続は不安定になる。
肝心なときに繋がらない。

仕方なくLTEに切り替えてWebを見れば、
二段階制限など、ほとんど意味をなさない上限にすぐ届く。
節約のつもりが、神経だけがすり減っていく。

三連休前、たまりかねてSoftBankショップに寄った。
LTEフラットに変更したかったのだが、
なぜかこういう手続きに限って、
My SoftBankでは完結しない。

本人が来て、対面でやるしかない。
そういう種類の用事らしい。

ついでに、安心保証パックの話になった。
AppleCareと重ねて入っていたそれを、
解約したいと告げると、
店員は少し困った顔をして、
「もったいないですよ」と言った。

その言葉に、なぜかこちらが気まずくなる。

だが、考えてみれば単純な話だ。
壊れるかもしれない不安のために、
毎月、確実に金を払い続ける。
それが安心かどうかは、人による。

結局、解約した。
LTEフラットにして、テザリングも申し込んだ。
それだけのことだ。

何かが劇的に変わったわけではない。
ただ、余計な段取りを考えなくてよくなった。
それだけで、ずいぶん楽になる。

安心というのは、
契約書の中より、
頭の中にあるものなのかもしれない。

そういえば、
苦労して手に入れる一万円札のことを、
軽々しく「諭吉」と呼ぶ風潮がある。
あれは、どうにも好きになれない。

金は金だ。
安心も、安心だ。
軽く扱うと、
だいたいろくなことにならない。

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11/25/2012

復活のシガレット吸引


   一昨日、あまり褒められたものではない衝動に、
また火をつけてしまった。
 
十二年前、肺に影があると言われ、
底の抜けたような恐怖に襲われたことがある。
 
それでも、吸う。
ニコチンというものの依存性を、
あらためて思い知らされる。

意志が強いとは言えないし、健康的とも言い難い。
そういう自覚だけは、昔から変わらずにある。

他に、無害な快楽というものはないのだろうか。
思いつくのは、せいぜい、よく眠ることくらいだ。

泳ぐ、という選択肢は最初からない。
僕は筋金入りのカナヅチで、海やプールはもちろん、
家庭用の風呂ですら、油断すると危うい。
 
どうしようもなく、危なっかしい中年――
そう呼ばれても、あながち間違いではないのかもしれない。
 
ただひとつ、恋には溺れない。
それだけは、昔から変わらない。
 
おやすみ。

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11/18/2012

auのiPhone 5は、悪くない


   先週の日曜、家族がauのiPhone 5を新しく手に入れた。
今日になってようやく、バンパーと
保護フィルムを貼り終えた。

SGPのハイブリッドバンパーに、
パワーサポートのフィルム。
ひと通り武装が整い、ようやく
「使い始められる状態」になる。

もっとも、これは僕のiPhoneではない。
あくまで家族のものだ。

それでも、少し触ってみて思う。
今回のiPhone 5に関しては、
auという環境は、なかなか相性がいい。

回線の安定感や、使っていて引っかからない感じ。
数字や仕様を並べるほどの話ではないが、
日常的なストレスの少なさは、確かに感じられた。

僕自身は、SoftBankのiPhone 5ユーザーだ。
だからこそ、余計にそう思ったのかもしれない。

iPhoneは、どのキャリアで使ってもiPhoneだ。
だが、同じ道具でも、
置かれる環境が変わると、印象は少し違ってくる。

今回は、その差が分かりやすかった。
それだけの話だ。

もし使う前に分かっていたら、
少しだけ迷ったかもしれない。

──もっとも、
迷う余地があるうちは、
まだ余裕があるということでもある。

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11/15/2012

髪型の話は、だいたい個人的なものだ


   あるアプリを眺めていた。
ヘアカタログ系のものだが、
実用というより、ただの目の保養に近い。

見ていて思うのは、好みというのは
案外ぶれない、ということだ。

世間ではロングヘアが人気だとか、
そういうデータもあるらしい。
だが、個人的には昔から、
ボブかミディアムに目が行く。

理由は説明できない。
ただ、そういう形に落ち着く。

次に髪を切るときは、
こんな感じにしてもらおうか。
ネープは軽く、後頭部には少しだけ丸みを残す。
全体としては重さを残した、
いわゆるグラデーションボブ。

思いついた段階で、
馴染みの美容師にそのまま伝えておいた。
事前にイメージを共有しておくと、
当日のやり取りが短くて済む。
こちらの厄介な髪質も、
だいたい把握してもらっている。

カット前に、もちろん最終確認はする。
だが、方向性が見えているだけで、
時間も気持ちも、ずいぶん楽だ。

こういうとき、
インターネットは便利だと思う。
過剰に絡まなければ、
現実の付き合いを、
少しだけ滑らかにしてくれる。

その距離感が、
今の自分にはちょうどいい。

髪型の話は、結局のところ、
誰に向けたものでもなく、
自分が納得できるかどうか、
それだけだ。

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11/11/2012

外側がうるさい時代に


   最近、やけに外側だけが騒がしい人が増えた気がする。
本人に自覚はないのだろうが、
濃い化粧と同じで、
キャラクターの主張がやたらと前に出る。

当然、それはネット上の振る舞いにも表れる。
声が大きく、身振りも早い。
流行には敏感だが、
どこか手触りが浅い。

見ていると、少し疲れる。
嫌いというほどの感情でもない。
ただ、距離を取りたくなるだけだ。

一方で、まったく別の人もいる。
普段は控えめで、目立とうとしない。
写真も言葉も、
必要なときにだけ、そっと差し出す。

たとえば、
季節が変わる頃にだけ、顔写真を更新する。
過剰な加工はせず、
どこか自分を引いた位置から見ている。
刹那的で、少し自虐的で、
それがかえって正直に見える。

そういう人は、
だいたい素顔も整っている。
外見というより、
距離感がきれいなのだ。

誰かを縛ろうとしないし、
自分が縛られることにも敏感だ。
自由を振りかざすのではなく、
自由であることの重さを知っている。

結局のところ、
人に惹かれるかどうかは、
派手さではなく、
余白の扱い方なのだと思う。

話は変わるが、
先日、山陰線で写真を一枚撮った。
列車を待つ時間、
ふと、鉄道を撮る人の気持ちが
分かった気がした。

いい場所だった。
いい空気だった。

関西はいい。
名前がどうであれ、
軽くて、静かで、
ちゃんと距離を保てる道具であれば、それでいい。

外側がうるさい時代だからこそ、
静かなものに、
つい目が行く。

それだけの話だ。

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11/07/2012

CoCo壱番屋 堀川丸太町店


   二条城の北あたりで、
関西限定の「牛すじ煮込みカレー」を頼んだ。
スパイスが効いていて、率直にうまいと思った。

ただ──
スプーンを仲介に、十口目を過ぎたあたりから、
なんとなく胃が詰まりはじめる。

ライス300グラム、というのが標準らしい。
どうやら僕には、少し過剰だったようだ。
ふくらむ胃を抱えながら、
「200にしておけばよかったな」と思う。
50円引きにもなるのに。

──みんな、そんなに食べるのだろうか。
大食いが、世の中の標準なのかもしれない。
そんなことを考えながら、
しばらくスプーンを置いた。

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11/03/2012

二年ぶりの京都


   二年ぶりに京都へ行った。
日付で言えば、十一月二日。
今回は泊まりではなく、日帰りだ。

最近よく見かける、
写真が主役で、文章は添え物のような更新。
ああいう形式に、どうにも馴染めないままでいる。
道具は賢くなったのに、使い方は軽くなった。
そのズレが、少し苦手だ。

だからといって、
長々と語る気分でもない。
今回は予告編のようなものだと思っている。

最初に向かったのは、晴明神社だった。
理由は特別なものではない。
京都に来ると、なぜか身体が先にそちらへ向かう。
厄除けという言葉にも、昔ほどの切実さはないが、
形式として通しておくと、気持ちが整う。

写真は一枚だけ撮った。
説明するほどのものではないので、加工も最小限にした。
この街では、だいたいそれで足りる。

前に来たのは、二〇一〇年の初夏だった。
あのときは宿を取り、
時間を持て余すほど歩いた。
今回は違う。
滞在時間も、歩幅も、ずっと現実的だ。

詳しい話は、また別の機会に書く。
写真ではなく、文章を主にして。
読みやすさよりも、記憶に近い形で。

京都は、
短く触れるより、
少し間を置いてから書くほうが、しっくりくる。

今回は、それだけでいい。

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