10/30/2012

愛は傷つきやすく


   夜の酒場が、どこかつまらなく
感じられるようになった。
たぶん、歌を一緒に歌えないからだ。

連絡先も、次の約束もいらない。
その場で、少し酔って、
懐メロをデュエットできれば、それで十分だった。
ただし、誰もが知っている曲は除く。
あまりに共有されすぎた歌には、
もう感情が乗らなかった。

マイクを握ったまま、
曲が始まるまでの数秒が、
いつも少し長く感じられた。
隣に立つ相手の息遣いだけが近く、
音楽は、まだ来なかった。

夜の店に通うようになって、
それなりの時間が経った。
ようやく、行かない自由を
選べるようになっただけの話だ。

帰り道、
使わなかった終電の時刻を
何度か見返した夜もある。
何も起きなかったことに、
ほっとしながら、
少しだけ取り残された気分にもなった。

情報はいくらでも手に入る。
だが、結局のところ、
距離感だけは
身銭を切らないと覚えられない。

愛は、たぶん、
そういうふうに
傷つきやすい。

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10/14/2012

液晶の向こうの光


   スマートフォンで写真を撮る人を、
少しだけ、いいなと思っている。
重たいカメラを構えなくても、
ポケットから取り出して、そのまま光を掬える。

だから、画面に貼るフィルムには気を使う。
アンチグレアでは、写真の光が死ぬ。
少し眩しくても、クリスタルタイプを選ぶ。

貼り付けに失敗したときは、メンディングテープを使う。
セロテープは粘着が強すぎて、フィルムを傷める。

誰に教わったわけでもなく、
使っているうちに、自然と覚えただけだ。

液晶の向こうの光は、本物ではない。
それでも、うまく貼れた日は、少しだけ気分がいい。

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10/08/2012

圏外の場所で


   宇津ノ谷の明治隧道のあたりでは、
携帯電話が繋がらないことがある。

それが少し気になって、
今日は別の端末を持って出た。

もっとも、
誰かから連絡が来る予定はない。

実際、
電話も鳴らず、
通知もないまま、
ただ歩いていた。

途中で、
通信設備らしいものを見かけた。

近いうちに、
ここも圏外ではなくなるのだろう。

そう思ったが、
確かめる気にはならなかった。

繋がらない場所に来て、
繋がる先のことを考えるのは、
少し違う気がした。

今日は、
繋がっても、
繋がらなくても、
特に困らない。

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三連休の終わり、身体だけが遅れてくる


   三連休の最後の日は、朝からずっと眠かった。

前日は、街を六時間ほど歩いていた。
ひとりで、特に目的もなく。
思っていた以上に、疲れが残っていた。

朝食のあと、歯を磨いて、もう一度寝た。
昼に起きて、何か食べて、また眠くなる。
虫歯になるのは嫌なので、面倒でも
歯を磨いてから横になる。
そんなことを繰り返しているうちに、
時間だけが先に進んでいった。

休みのはずなのに、回復している感じがしない。
身体だけが、少し遅れている。

夕方になって、ようやく外に出た。
三連休の初日に歩いた宇津ノ谷峠を、また歩く。
理由は考えなかった。
考える前に、身体を動かしたかった。

久しぶりに、一眼のカメラを持って出た。
トンネルの前に立ち、シャッターを切る。
明治の宇津ノ谷隧道。

液晶で写真を確かめる。
悪くない、と思った。
その感触を確かめるように、もう一枚撮った。

気分は少し前に進んでいる。
身体は、まだ追いついていない。
三連休の終わりは、だいたいいつも、こんな具合だ。

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10/04/2012

音を楽しめないCDと、僕の不協和音


   二年ぶりに、CDを買った。
最後に買ったのは2010年、
濱崎歩のアルバムだった。

それ以来、音楽は画面の向こうに流れ、
円盤を手に取ることはなくなった。

今回のCDは、
音を楽しむためのものではない。
むしろ、音に怯える者のための訓練用だ。

我が家の柴犬は、雑音に弱い。
とりわけ、花火の音をひどく怖がる。
だから、このCDを使って、
少しずつ慣らしていくつもりだった。

収録されているのは、
爆音、金属音、叫び声。
人間にとっても、決して心地よいものではない。
不快感だけを集めたような音だ。

音を楽しめないCD。
そして、人生を楽しめない僕。

そんなふうに思ってしまうのは、
きっと、このCDのせいだけではない。

それでも、
柴犬が少しでも安心して眠れるようになるなら、
この不協和音にも、
意味はあるのだと思いたい。

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