9/29/2012

萌えって、なんだろう


   画面に二人の女性が映っている。
右側が人気らしい、と聞いた。

けれど正直に言えば、
どちらにも、あまり心は動かない。

好みの問題というより、
そもそも、これは絵なのだ、と思ってしまうからだ。

線と色でできたイラストに、
感情が一直線につながる感じが、
どうにも早すぎる。

「萌える」という言葉が悪いわけじゃない。
ただ、そこに至るまでの助走が、
きれいに省かれているように見える。

想像力というより、便利な近道に近い。
現実に触れるとき、
こちらの調子が整っていないと、
すぐに疲れてしまう。

期待したぶんだけ、
肩透かしもはっきり残る。

最近の人付き合いは、
距離がやけに近いか、
あるいは、最初から値札が付いているか、
どちらかに感じることが多い。

愛想が香水みたいに強すぎて、
息をする前に、少し酔ってしまう。

だから僕は、
絵にも、現実にも、
半歩ほど引いたところで立ち止まっている。

萌えないことを誇る気はないし、
分かり合えないと決めつけるつもりもない。

ただ、
遠回りする余地のある感情のほうが、
今の自分には合っている気がするだけだ。

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9/26/2012

失敗のない人生なんて、面白くない


   昨日から、季節ははっきり秋に切り替わった。
空気が軽くなったぶん、
仕事の重さが、逆に目立つ。

暑さに飽きていたから、
秋そのものは嫌いじゃない。
ただ、
この時期はいつも、
緊張だけが長引く。

うまく説明できないが、
逃げ道が減る感じがする。

そんなとき、
決まって本田宗一郎の顔を探す。
映像だったり、声だったり、
文庫の中の、少し乱暴な文章だったり。

「失敗のない人生なんて、面白くない」

励まされている、というより、
言い切られている感じがいい。
大丈夫だ、と言われるより、
失敗前提で話を進められるほうが、
よほど信用できる。

こちらは歩兵だ。
前線にも行けず、
後方にも下がれず、
ただ立っているだけの立場だ。

悩みは消えない。
吹き飛びもしない。
せいぜい、
重さが少しだけ移動する程度だ。

それでも、
不思議なことに、
どれだけ追い詰められても、
眠りだけは、裏切らない。

失敗はする。
明日もする。
たぶん、これからもする。

でも、
夜になると、
身体は勝手に電源を落とす。
そこだけは、
妙に律儀だ。

失敗を抱えたまま眠れるなら、
今日はそれで十分だ。
面白い人生かどうかは、
起きてから考えればいい。

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9/24/2012

iPhone 3GSを下取りに出した日


   下取りプログラムを使って、
三年使ったiPhone 3GSの白を手放した。

背面の下のほうに、細いひび割れがある。
当時、同じような症状が話題になっていたのを思い出す。
使っている間は、ほとんど気にしたことがなかった。
だが箱に戻す段になって、妙に目についた。

この端末には、通話も、メールも、
写真も、音楽も入っていた。
特別な使い方をしていたわけではない。
ただ、生活の多くが、
いつの間にかこの一台に集まっていた。

ポケットに入れて歩いた夜のことや、
待ち合わせの時間を確認した駅のホームのことを、
今さら思い出すほどでもないのに、
手放すとなると、そうした断片が浮かんでくる。

Appleという会社に、
特別な思い入れがあるわけではない。
神話めいた話にも、あまり興味はない。
細かな不具合に目くじらを立てるほど、
端末に理想を求めてもいなかった。

それでも、この下取りという手続きは、
単なる買い替え以上のものに感じられた。
何かを処分しているというより、
一区切りをつけている、という感覚に近い。

白いiPhone 3GS。
ひび割れは、そのまま返した。
中にあったデータと一緒に、
役目を終えた道具として。

こうして生活は、
少しずつ更新されていくのだと思う。

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白い端末、まだ沈黙のまま——SoftBank版iPhone5と、都市生活の予感


   SoftBankのiPhone5、ホワイト64GBが届いた。
箱は思っていたよりも軽く、
梱包を解く動作も、
必要以上に慎重になっていた。
 
白い筐体は、
部屋の明かりを淡く反射する。
新しさはあるが、
未来というほどの距離感ではない。
これまでの延長線上にある、
静かな更新といったほうが近い。
 
まだ回線は開通させていない。
SIMカードは、
箱の中に戻したままだ。
 
来月になったら差し込む予定だが、
今はこの端末を「使う」よりも、
ただ置いておく時間を
少しだけ楽しんでいる。
 
通知も、着信もない。
机の上にあるのは、
沈黙した白い板だけだ。
それが思いのほか、心地よい。

iPhone5という数字には、
どこか節目の匂いがある。
終わりというほど大げさではないが、
ひと区切り、という感じだ。
 
使いやすさと、
どこか野暮ったい意匠。
その間で揺れるAppleの美学は、
相変わらずどこか落ち着かない。
 
それでも手に取ってしまうのは、
都市で暮らすうえで、
こうした道具と折り合いをつけることが、
半ば前提になっているからだろう。
 
SIMを差し込む日まで、
この端末はただの白い物体として、
生活の端に置かれている。
沈黙している今の姿のほうが、
もしかすると、いちばん似合っている。

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9/21/2012

運転免許証更新


   本日、免許証を更新した。寄付込みで五千百円。
ふと、新しい顔写真を見て固まった。
そこにいたのは、疲れと諦めが薄くにじんだ、

どこか連れていかれる側の顔である。
自分であるはずなのに、どうにも信じがたい。

できることなら、免許の条件欄に
こう書き添えておきたかった。

十八歳から三十歳までの女性を同伴に限る。
あるいは、お母さんと一緒の場合に限る。

有効期限のところには、心折れるまで、
とでも記したいところだ。

もちろん全部冗談だ。
だが、そこまでしないと今の自分は説明しづらい。
笑い話にしてしまうほかない種類の疲れや欲望が、
写真の中に妙に率直に写り込んでしまっている。

デジタルの冷たい光は、
こちらの内側を案外よくさらっていく。
それを茶化して受け流すほどの、

いじりの技術や開き直りの勇気が、
いまの僕にはまだ足りない。

つまり、脇どころか、
心の締まりのほうが甘いということだ。

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9/17/2012

青いスタスィオン - 河合その子


   三連休の初日、
カラオケで「青いスタスィオン」を歌った。

その歌が流行っていた頃、
一緒にいた相手は、
まだこの世にいなかったらしい。

知らない、退屈だ、と
歯切れよく言われた。

その軽さは、
想定内でもあり、
少しだけ気が楽になった。

やっぱり、
話題に距離があるほうが、
会話は続くこともある。
そう思って、妙に安心した。

AKBがメジャーになってから、
もう何年も経つ。

好きな顔はある。
けれど、
テレビにかじりつくほどの
熱は、もうない。

昔は違った。
画面の中の一瞬を逃さないように、
何度も再生した夜があった。

あの熱を保ったまま、
多くの人と同じように
自然な人生を選んでいたら、
今ごろは、
もっと穏やかな場所に
立っていたのかもしれない。

花の世話をして、
惣菜売り場で立ち止まり、
日々に感謝するような、
健全な中年。

けれど、
今の自分を後悔しているわけでもない。
こうなることは、
ずっと前から分かっていた。

ただ、
どこか回り道をしてきた、
そんな感覚が
残っている。

ひとりでいるときが、
いちばん落ち着く。

そういう性分として、
ここまで来ただけのことだ。

だから、
少し距離があったほうが、
ちょうどいい。

それだけの話だ。

おやすみなさい。

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9/15/2012

どうでもいい失敗の話


   僕にとって、
人生というゲームは、
どうにも手応えが薄い。

つまらない、というほどでもないが、
夢中になるほどでもない。
その中間あたりで、
なんとなく続いている。

そんな調子で、
携帯の中のゲームをいじっている。

特別うまくもなく、
自慢できるほど熱心でもない。
ただ、惰性で続けている。

二つあるアカウントは、
どちらも同じ属性にしてある。

効率は悪いらしい。
普通は分けるものだ、と言われる。

でも、分ける気はなかった。
理由は特にない。
考えるのが面倒だっただけだ。

そのせいで、
なかなか揃わない。
無駄が多い。
よく「バカだな」と言われる。

たぶん、その通りだ。

人がやらないことをやって、
損をしているだけなのだから。

それでも、
今さら賢く立ち回る気もない。

どうでもいいところで、
どうでもいい失敗を重ねて、
それでも一日は終わっていく。

人生も、
たぶん似たようなものだ。

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フェードアウトしないという選択


   iOS 6は、たしかFacebookと統合された。
それを知ったとき、少しだけ眉をひそめた記憶がある。

正直に言えば、僕はFacebookが苦手だ。
どの環境でも、あの場所は自然と賑やかになる。
意識していなくても、そう見えてしまう。

誰それと、どこそこにいます。
食べ物を囲んで、ピースサイン。
そういう写真を、僕はどうしても投稿できない。

だから僕のFacebookは静かだ。
自分の投稿以外は、ほとんど見えないようにしてある。
周囲のアクティビティも、タイムラインも、すべて非表示。

あるのは、
孤独で、少し陰に寄った文章だけだ。

もっとも、それも一種の誇示なのかもしれない。
自虐という形をした、別方向の自己主張。
その自覚は、いちおうある。

それでも、
プロフィール写真の変更や、
友達を紹介してくるあの調子には、どうしても慣れない。

それでも、僕はFacebookをやめていない。
フェードアウトもしない。

積極的に関わりもしないが、消えもしない。
これは執着というより、意地に近い。

居心地が悪い場所から、
わざわざ自分を追い出す必要もないだろう、と思っている。

統合されたからといって、
無理に溶け込む理由もない。

沈黙したまま、そこにいる。
そんな使い方があってもいい。

そう信じて、
今日も僕のFacebookは、静かなままだ。

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9/03/2012

TIFFANY☆1837 ゴールドリング


   昔、少し扱いづらい知り合いの女性がいた。
素朴そうに見えるのに、ときどき場慣れした影がさす。
あの曖昧さに、こちらのほうが
勝手に距離を測りかねていた。

ある日、彼女は「サブ」携帯のアドレス帳を広げて見せた。
メッシー用、暇つぶし用。
短い名前だけが、用途別に整然と並んでいる。
そこには「あ」と「う」——。
たぶん本当は、青木とか、内田とか、
それぞれの親が時間をかけて
名付けた名前があったはずなのに、
最初の一音だけ残して切り落とされていた。
名札ではなく、音の残骸。

ちなみに僕は、その携帯の中にはいない。
ただ、他の女性たちのあいだで
「定期便」と呼ばれていたらしい。
需要と供給の周期で、呼び名が決まるのだという。
——妙な産業だと思う。

そのことは、彼女には言わなかった。
ろくなことがなさそうだったので、黙っておいた。

女というのは、淡々としていてこわい。
いつだって、感情を付け足しているのは、こちらの側だ。

別の女性から、オークション出品を頼まれたことがある。
パソコンを持っているだけで、
便利係のように扱われていた頃だ。

箱に貼られた保証書の日付が、
彼女の誕生日にぴたりと重なっていた。

TIFFANY、1837のゴールドリング。
出品画面の白い光を浴びると、金は案外ひっそりしている。
ただの金属なのに、こちらのほうが勝手に気まずくなる。
作業中、笑っているつもりだったのに、
いつのまにか呼吸だけが忙しかった。

女性というのは、やっぱりこわい。
気張って贈り物なんかしないほうがいい。
猫なで声の「ありがとう」のあと、
その指輪はきっと、迷いなく質屋かオークションへ向かう。

あの頃の僕は、じつに変な立ち位置にいたと思う。
いまも、たぶんその続きにいる。
ただ、昔ほどの鈍さはない。
それでも別に困っていないあたりが、また妙だ。
そんなふうに思う日が、ある。

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みなしごのバラードを探して


   昨夜は、
いつもより早い時間に、
深く眠ってしまった。

不規則な生活のせいか、
身体が先に音を上げたらしい。

テレビをつけたまま、
いつの間にか眠りに落ち、
気がつけば朝だった。

ちゃんと目は覚めた。
それだけで十分だった。

今日からまた、
いつもの生活に戻る。
退屈だ。

それでも、
悪くないと思った。

しばらく探していた曲を、
ようやく見つけた。
「みなしごのバラード」──。

子どもの頃に、
エンディングだけを
ぼんやり覚えていた歌だ。

日曜の夜に、
どこかで歌えたらと思っていたが、
その機会はなかった。

今の歌は、
よくわからない。
無理にわかろうとも、
思わなくなった。

古い歌が、
まだ手の届くところにある。
それでいい。

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9/02/2012

ナニサマ午前様


   あれから結局、
まっすぐ帰ったほうがいい、
という助言を裏切った。

両替町に戻り、
しおやの写真を撮り、
そのまま酒場に入った。

捕まった、というより、
捕まえてもらいに行った、が正しい。

気がつけば午前様。
ラストは三時だった。

いちゃいましたが、
イチャイチャは、していない。

それが良かったのかどうかは、
あとになっても分からなかった。

酒場は、正直つまらない。
行きたいわけでもない。
それでも、
他に行く場所が思いつかなかった。

そんな気分のまま、
勘定だけが静かに重くなった。

休日は終わり、
残ったのは、
少しの苦さだけだった。

三時を回ると、
だいたい物事は、
ろくな形では終わらない。

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