風化する日記、移ろう視線
かつて、匿名性に守られた mixi という場所で、
僕はずいぶん自由に言葉を吐いていた。
それは時に下品で、時に挑発的で、
いま読み返せば、少し身振りが大きすぎたようにも思える。
だが当時の僕にとって、それは都市で息をするための、
ひとつの身の置き方だった。
「上から目線(メセン)」などという皮肉めいた名を掲げ、
距離を保ちながら世界を眺める。
その構えを、どこかで美学と呼びたかったのだろう。
この日をもって、mixi日記の更新を凍結する。
実名が前提となる場所へ移ることで、
自分の言葉が、誰かの現実に触れてしまう可能性を、
ようやく意識し始めた。
冷たい風の吹く実社会では、
発言は軽やかであるほど、思いがけず重さを伴う。
遅ればせながら、
その単純な事実を受け入れただけの話だ。
これからは Facebook という、
決して穏やかとは言い切れない場所で、
日々の出来事を淡々と記録していくつもりでいる。
華やかさよりも、経過を残すために。
ソーシャルネットワークを愉しむとは、
自己を主張することではなく、
世界との距離を測り直す作業なのかもしれない。
一方で、別に続けている匿名のブログには、
今もなお、
ほとんど毎日のように、誰かの足跡が残る。
フィーチャーフォンやタブレット越しに伝わるその気配は、
好奇心というより、
どこか歪んだ安息を求めるもののようにも見えた。
人は、自分が不安で満たされているとき、
他者の揺らぎを眺めることで、
かろうじて均衡を保つ――
そんな言葉が、妙に現実味を帯びて思い出される。
アクセスログに残るその誰かの存在も、
いまでは、ただの風景だ。
アメーバブログ「上から目線(メセン)」で
掲げていたスタンスも、
そろそろ畳む頃合いなのだろう。
アクセスがないという事実が、
それを静かに教えている。
充実を誇示する言葉ほど、
読む側の体温を奪うものはない。
誰にも読まれないのも、
無理からぬ話だ、と今は思っている。
ラベル: 長い文章










