10/07/2011

Naver LINEという新しい孤独 ――誰にも届かない、僕のID


   この秋、auからiPhoneが出た。
ようやく、という安堵と、
どこか噛み合わない違和感が同時にやってきた。

メールはプッシュされない。
センターに問い合わせなければ、受信すら確定しない。
スマートフォンと呼ばれるものを手にして、
通信だけが一昔前に引き戻されたような感触があった。

その、どうしようもない隙間に、
僕はすでにLINEを入れていた。
6月。登場したその日だったと思う。

誰よりも早く、
そして誰にも届かないまま、
招待状を送り続けていた。

思いつく限り、知り合いにばらまいた。
返事はない。既読もない。
音沙汰というものが、きれいに消えている。

身の回りの男たちは、揃いも揃ってアナログ将軍だ。
便利さを嫌い、紙のHotPepperクーポンすら使わない。
理由はだいたいいつも同じだった。

「カッコ悪いから」

たしかに、財布の奥から
くしゃくしゃになった紙を引きずり出し、
切り口の揃っていない端を、店員に差し出す所作は、
少しばかり情けなく、面倒でもある。

けれど、金がないと嘆くのなら、
その程度の不格好さは引き受けてもいいのに、とも思う。

便利を拒むことで守っているその「かっこよさ」は、
時代遅れの自尊心なのか、
それとも、ただの照れなのか。

アナログ将軍たちは、今日も沈黙している。
LINEの話をしても、手応えはない。
無料通話だとか、既読だとか説明しても、
返ってくるのは、だいたいこの一言だ。
 
「それで、何がいいの?」

スマートフォンを持ってはいても、
その手つきは、まだガラケーの延長線上にあった。

まあ、いい。
届くかどうかは、もはや問題ではない。

僕のIDは、たしかにそこにある。
ただ、それに触れる指が、他に存在しないだけだ。

mixiは、すでにつぶやきの海になっていた。
言葉は流れ、言葉に押し流され、
書いても書かなくても、大差はないように見えた。

それでも、指はときどき更新欄の上で止まる。
送信する理由があるわけでもない。
ただ、空白を前にして立ち尽くしてしまう。

これは、
6月にLINEを入れてから、
誰にも届かないまま送り続けてきた、
招待状の記録である。

auのiPhoneが出た今、もう一度だけ、送ってみた。
届かないと知りながら。
 
それでも送ってしまう、その手つきごと。

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