9/15/2011

木曜日の視界・その一


   目の奥が、なんとなく霞んでいた。
「疲れ目かな」と軽く片づけていたけれど、
思い立って近所の眼科へ行ってみた。

視力検査の結果、右目の視力がほとんど
出ていないとわかったときは、さすがに驚いた。
それだけならまだしも、診察室では
「乱視ですね」と静かに告げられた。
その言葉の響きが、ほんの少しだけ胸の奥を揺らした。

その日は朝から「休肝日にしよう」と決めていた。
それなのに、昼下がりのサイゼリヤで、
気がつけばグラスワインを手にしていた。
理由は、いまでもよく思い出せない。

そのままの勢いで、前から看板が気になっていた
昼キャバという店に行ってみようと思い立った。

地下に降りる階段をゆっくり下りて、扉を開けると、
そこにいたのはやけに朗らかな年配の女性だった。

「今日はカラオケバーになってるのよ」

少し間を置いて、
「女の子はいないけどね」と笑った。
その笑いが、地下の空気に沈んでいった。

思わず「そうですか」とだけ返して、踵を返した。

静かな路地に出た。
空を見上げる気分でもなく、スマートフォンの
画面を覗き込み、いくつかの言葉を打ち込んだ。
けれど、それは投稿せずに、下書きのまま閉じた。

──なんとなく、つまらないな。そう思った。

都会でもないのに、都会のような
何もなさがある。

この街の繁華街のそばに住んでいると言うと、
たいてい羨ましがられるけれど、
昼にふらっと立ち寄れるような場所があるわけでもない。
そもそも、この街は、感傷を
受け止めてくれるような場所じゃないのだ。

 家までの道を、とぼとぼ歩いた。
いや、もう少し足早だったかもしれない。

──先週の木曜日は、そんなふうに過ぎていった。

そして今日。僕は職場にいる。
昼のワイドショーが、音もなくテレビの画面に流れている。

どうということもない、ありきたりな昼休み。
けれど、あの午後の気配だけが、
いまも目の奥に残っている。

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