1/31/2011

あの冬、レンズの向こうに


   さっき、価格.comを覗いてみたら、
一年前に買ったPanasonicのGF1が、
ボディ単体で24,800円になっていました。

20mm/F1.7のパンケーキレンズ付きでも、
Amazonで37,000円ほど。

思わず「もう一台、予備に」と考えてしまうくらいの値です。
静止画に少しノイズが出るのも、今となっては味に見えてくる。
後継のGF2も出ているけれど、不思議と惹かれないままです。

あれはちょうど一年前の帰り道。
仕事終わりに立ち寄った店のショーケースの中で、
そのカメラと目が合いました。

──そう言うと大げさだけれど、
その小さなボディに、なぜか心を引かれたのを覚えています。

パンケーキレンズ付きのセットをそのまま購入して、
家に帰った夜は、翌日の休日が待ち遠しくて仕方なかった。

そして迎えたその日。
一番最初にシャッターを切ったのは、実家の飼い犬でした。

お風呂あがりの、少し気の抜けたような顔。
けれど、その目の奥に、どこか陰がありました。

今見返すと、あれが
最後の風呂上がりの一枚になるなんて
思ってもみませんでした。

もっとたくさん撮っておけばよかった。
ようやくカメラに慣れ始めたばかりだったのに。

数週間後、彼は静かに旅立ちました。

写真の中の舌が、どこか白く見えたのを覚えています。
あのとき、それが何かを訴えていたのだと気づくのは、
ずっと後のことでした。

犬の健康は、舌の色にも現れるといいます。
もし、少しでも気になる色なら、獣医さんに見てもらうのがいい。

最近は、町を歩いてもペットショップを覗いても、
洋犬ばかりが目につきます。
そのたびに、あの冬の日の白い毛並みを思い出します。

──そんなことを、さっき思い出していました。

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1/24/2011

鈍感さとやさしさのあいだで


   携帯にカメラが付くようになってから、もうけっこう経つ。
いまでは撮った写真をそのまま上げても、誰も驚かない。
昔はもう少し、角度を探したり、光を気にしたりしていた。
でも最近は、そういうことに時間をかける人が減った気がする。

プリクラを見れば、それがよくわかる。
どう写るかより、誰と写るか。
結局、人は「誰かといる自分」を残したいのかもしれない。

僕が最後にプリクラを撮ったのは、
まだ街にガラケーが並んでいたころだ。
2002年の冬、当時の彼女と。
あの光の強い箱の中で、少し笑いすぎた顔をしている。
若さというより、居場所を探していたのだと思う。

それ以来、誰かと肩を寄せることもなくなった。
写真の中の僕は、いつもひとりで完結している。
それでも、欲が消えたわけじゃない。
ただ、少し扱いがうまくなっただけだ。

今は「ナチュラル」が一番らしい。
旅先で髪が乱れても、「それも思い出」と笑って済ませる。
その軽さを、悪いとは思わない。

ミクシィで「生きるってすばらしい」
と書かれたプリクラを見て、
いいなと思うこともある。
でもどこか、無理をしているようにも見える。
そう感じる僕のほうが、たぶんひねくれているんだろう。

外に出ることも、人と話すことも減った。
だから余計に、あの明るさがまぶしいのかもしれない。
無理のない笑顔を見ていると、
鈍感でいることも、
やさしさのひとつなのかもしれないと思う。

鈍感さとやさしさ。
そのあいだで、静かに息をしている人たちがいる。
僕も、できればその中に混ざっていたい。

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1/03/2011

発毛days


   午後の二時ごろ、地元では名の知れた神社へ向かった。
朝はひやりとしていたが、昼を過ぎると風もやわらぎ、
歩いていても汗ばむこともなく、ちょうどいい陽気だった。

ただ、人が多かった。
鳥居から参道の奥まで人が列をなし、
境内は小さな渋滞のようだった。
背中を押されるように進んで、かろうじて手を合わせる。
深く願うというより、形式だけのような参拝だった。

──あらためて、元日の朝に
初詣を済ませておいてよかったと思う。
町のはずれの小さな神社は、ひと気もなく、静かだった。
お賽銭箱に小銭をそっと入れて、心の中で目標を伝えた。
ああいう、神様と一対一になれる
感じが、自分には合っている気がする。

それにしても、あれだけの人の願いを、毎年、漏らさず
受け取っている神様というのは、なかなかのものだと思う。
そんなことを考えながら、ふと想像する。
神様も途中でうんざりして、空を見上げたり、
雲の形を追いはじめたりしないのだろうか。

たとえば僕なら、三十分も話を聞き続けたら、
だんだん注意がそれてしまう。
とくに恋愛の相談は長くなりがちだ。
唾をとばしながら早口で話す相手の顔を見ているうちに、
口の端に泡がたまってくるのが気になる。
その泡が次の言葉といっしょにどうなるのか、
そっちのほうに集中してしまう。

それでも話は止まらない。
息継ぎのタイミングもわからないまま、言葉は続いていく。
返事をしているようでいて、途中からは
ほとんど上の空になっていることもある。
それでも相手は満足そうに
帰っていくのだから、不思議なものだ。

悩みというのは、誰かに預けるふりをして、
自分の手で少しだけ離すことなのかもしれない。
その加減を、いつか自然に覚える
ようになるのが、大人ということなのだろう。

神様も、泡のことまでは気にしていないと思う。

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1/01/2011

新春シロウトかくし撮り大会


   2010年12月30日の夜。
一次会から二次会へ向かう途中、
ふと手にしていたデジタルカメラで一枚。

酔いも手伝って、なんでもない街の灯りを撮っただけだ。

キャノンのEOSが、ずっと欲しかった。
ついでにプリンタもキャノンで揃えよう。
――目標なんて、そのくらいでいい。

そういえば、去年の正月までは
「新春スター・かくし芸大会」という番組があった。
今年からは、それがない。

せめてタイトルだけ、それに似せてみた。

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元日の朝


   よく晴れた元日だ。
まだ少し酒が残っていて、起きると頭が重い。
窓の外はやけに静かで、時間が止まったみたいだった。

午前10時を過ぎ、ようやく体が動き出す。
窓を開けると、冷たい空気が流れ込んできた。
光はやわらかく、冬の匂いがする。

遠くで鳥が鳴き、隣の庭木が陽を受けてわずかに揺れる。

昨年末、少し悩んだ末にGF1に
外付けライブビューファインダーをつけた。
少しゴツゴツするけれど、覗き込めば
自分の世界に没頭できそうだ。
 
背面の液晶モニターは直射日光では
ほとんど見えず、手ブレ写真も多かったので。

今日はこれで、何かを撮ってみようと思う。
特別なものはなくてもいい。
ただ、今日の光を残しておきたい。

今年も、この光から始めてみよう。

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